恋のリハーサルは本番です

舞台公演は中盤の山場を迎えていた。



観客席からは拍手とざわめきが絶えない──

だが、舞台袖に漂う空気は、観客の熱とは裏腹に重かった。



蓮、美咲、そしてあかり。

三人の胸の中で揺れる想いが、舞台の光と影を作り出していた。



その中へ──

高峰翔が静かに足を踏み入れる。







◆ 舞台袖 ── 蓮の前に現れた影



蓮が次の出番に備えて台本を見直していると、影が差した。



顔を上げると、そこに立っていたのは高峰翔。



「……翔さん?」



翔は眉一つ動かさず、蓮を見つめた。



「少し話がある。出番前で悪いが、逃げられると困る」



蓮の胸に緊張が走る。



「……なんですか?」



翔は一歩近づいた。



「昨日からのお前の演技──悪くはない。しかし、心が散ってる」



「……!」



図星だった。

蓮は息を飲む。



「理由は言わなくてもわかる。お前、あかりを見すぎだ」



蓮の目が大きく揺れた。



否定しようと口を開くより早く、翔が続ける。



「舞台の上で“ただ一人を見つめる”芝居は美しい。

だが、お前のそれは芝居じゃない。無意識だ」



胸の奥を鋭く突かれる。



翔はそこで初めて表情を変えた。

真剣で、鋭く、そしてどこか優しさも含んでいる目。



「蓮。

 あかりを泣かせるな」



「……!」



蓮の心臓が跳ねる。



「あかりさんが……泣く?」



「泣きそうな顔をしていた。

 職業柄、ああいう顔には敏感でね」



翔は蓮に正面から言い放った。



「言っとくが──

 俺はあの子を守るつもりだ」



蓮の喉が詰まる。



翔の声は静かだったが、その奥に熱があった。



「お前が中途半端なままなら、

 俺は水無月あかりをもらう」



言い切ったその瞬間、舞台袖の空気が震えた。







◆ 一方その頃 ── あかりの揺れる胸



客席の端であかりは手をぎゅっと握りしめていた。



(どうして……蓮さんを見てるだけなのに、こんなに苦しいんだろう)



蓮と美咲の距離。

舞台の中では恋人同士で、息もぴったり。



(役作りなのに……そんなのわかってるのに……)



それでも、胸の奥がつんと痛む。



そこへ、神埼がやってきた。



「水無月。今日の舞台……君、ちょっと泣きそうだったね」



「……っ」



見抜かれている。



「脚本家は、一番冷静でなくちゃいけない。

 でも──感情が動くのも悪くはない」



神埼は台本をそっと閉じてあかりに返した。



「この舞台の本当の“心臓”は君なんだからね」



あかりは、胸の奥に温かい痛みが広がるのを感じた。







◆ 舞台袖 ── 男の対峙



「翔さん……それって……」



蓮は息を整え、震える声で言った。



「……あかりさんが泣きそうだったって、本当なんですか」



翔は目を細める。



「お前が気づかないなら、なおさら俺が守るべきだ」



蓮の拳がぎゅっと握られた。



美咲の想い。

あかりの涙。

舞台の責任。



そして──自分の本当の気持ち。



どれが正しいのか、どれが間違いなのか

蓮にはまだ分からない。



ただひとつ、翔の目を見て確信した。



(この人は……本気だ)



「……勝手に決めないでください」



蓮の声が震えながらも、強くなる。



翔はゆっくり頷いた。



「じゃあ、奪われないようにするんだな」



その言葉を残し、翔は舞台へ向かって歩き出した。



蓮はその背中を見つめながら、息を吐き出した。



心臓が痛いほど速く打っている。