恋のリハーサルは本番です

舞台公演が佳境へと差し掛かり、劇場にはいつも以上の熱気が漂っていた。

しかし──
舞台裏にいる三人だけは、その高揚感から取り残されていた。

蓮。
美咲。
そして、あかり。

胸に秘めた想いと現実が、それぞれの心を揺らし続けていた。



◆ 舞台袖 ── 美咲の苦しさ

出番前の舞台袖。
美咲は衣装の胸元をそっと握りしめた。

昨日から、蓮とまともに目を合わせられていない。

(蓮……どうしてそんな顔するの?
 あかりを見て……何を想ってるの?)

蓮が客席の端を何度も気にするのを、美咲は見逃さなかった。

蓮が表情を整えてこちらに来ると、美咲は反射的に口を開いた。

「ねえ……蓮。今日、なんか変だよ」

蓮は短く息をのみ、苦笑する。

「美咲こそ。ちゃんと調子は?」

「調子なんて……言えるわけないよ、あんな顔見せられたら」

美咲の声が震える。

蓮は何も言い返せない。

その沈黙が、幼なじみの間に新たな距離を作っていった。



◆ 客席端 ── あかりの揺れる胸

あかりは膝に置いた台本を見つめながら、舞台を眺めていた。

(昨日……あんな言い方しなきゃよかった)

自分で平静を装ったあの会話が、蓮を追いつめたのではないか──
そう思うたびに胸がきしむ。

(脚本家なのに……気持ちの整理ができてないのは私の方だ)

そんな時、隣の席に誰かが座った。

「……顔色悪いぞ、水無月」

あかりが振り向くと、高峰翔が穏やかな目で見つめていた。

「無理に平気なふりをするのは、舞台づくりのプロじゃない」

「……そんなこと……」

「“泣きそうな脚本家”が書いた話は、役者が困るからな」

淡々とした口調。
でもその言葉は、核心を突いていた。

あかりは俯く。

「……泣く気なんて……」

「泣いていい。俺の前なら」

翔の低い声が、静かにあかりの心に触れた。

胸が、大きく揺れる。



◆ 舞台上 ── 演技に滲む本音

舞台の恋のシーン。
蓮と美咲は、数多く重ねてきたはずの会話を演じていた。

だが──
美咲は気付いてしまう。

蓮が、ごく一瞬、客席の端を見ることを。

(また……あかりを見てる)

胸が刺すように痛んだ。

それでもヒロインとして表情を崩さず、笑顔を作る。
演技は狂わない。
けれど、心は揺れていた。


◆ シーン終わりの舞台袖 ──二人のすれ違い

シーンを終え、舞台袖に戻ると、美咲は蓮の腕をつかんだ。

「蓮……もう隠さないで。誰を見てるの?」

蓮は一瞬言葉を失い、視線をそらした。

美咲を傷つけたくない。
でも嘘もつけない。

「……美咲には、本当に全部見透かされるな」

「当たり前でしょ……私、蓮のこと、ずっと……」

美咲はそこで言葉を詰まらせ、顔を背けた。

その横顔は、泣き出しそうに震えていた。

蓮もまた、苦しげに唇を噛む。

遠くで見ていたあかりは──
その二人の背中に、何も言えず、ただ胸を締め付けられるだけだった。



◆ 客席後方 ── 翔の動き

美咲の涙、蓮の迷い、あかりの苦しさ。

その全てを見て取った翔は、静かに席を立った。

(蓮……このままじゃ舞台も心も崩壊する)

そして、決意する。

(あかりを泣かせる男を、このままにしておく気はない)

翔はまっすぐ、舞台袖へ向かって歩き出した。