恋のリハーサルは本番です

翌日の劇場は、昨日の緊張が嘘のように明るい声が飛び交っていた。
だが、その中心にいるべき三人──蓮、あかり、美咲だけは、互いに距離を置いていた。

演者と脚本家。
幼なじみと役者。
そして、胸に秘めた想いを抱える三角形。

その三つの線は、交わりそうで交わらないまま、舞台袖に沈黙を落としていた。



◆ 舞台袖 ── 蓮と美咲

衣装に着替えた美咲が、鏡越しに蓮を見つめる。

(……昨日、あの裏口で何があったの?
蓮、あんな顔してるの初めて見た)

美咲は思い切って声をかけた。

「ねえ……蓮、大丈夫? 今日、やけに顔色悪いよ」

蓮は無理に笑う。

「平気だよ。美咲こそ、調子は?」

「私は……うん、問題ないよ」

そこで会話が終わる。
昔なら、もっと話せたのに。
なんでも打ち明けられたのに。

(どうしてこんなに距離ができちゃったんだろう)

美咲は胸の奥がぎゅっと痛む。

それでも、言えない。

“蓮が誰を見ているのか、分かってしまっているから。”



◆ 客席の端 ── あかりの迷い

あかりは、膝の上に置いたノートパソコンを開いたまま、視線を舞台に向けていた。

(昨日、あんな言い方しなきゃよかったかな……
求めちゃいけないなんて、私……何を言ってるの)

自分の書いたセリフが胸に刺さる。

『本当に好きな人ほど、遠ざけたくなる時がある』

台本のワンシーン。
まるで自分の心を写したような一文。

(私が……遠ざけてるんだ)

脚本家としての理性と、女としての感情。
そのどちらも、譲れなくて苦しい。



◆ 演出家・佐藤の観察

舞台前チェックに来た佐藤は、三人の位置関係を見て眉を寄せた。

蓮は黙りこみ、美咲は落ち着かず、あかりは遠くから視線を合わせようとしない。

「……これは、芝居以前の問題だな」

佐藤は深く息をつく。

(けれど、これが“恋の物語”を濃くしているのも事実。
舞台は、生きている人間が作るものだから)

彼は三人を呼び集めることなく、あえてそのままにした。

“感情のぶつかり合いが、舞台を熱くするなら
それもまた舞台の魔法だ。”



◆ 舞台上 ── 演技と本音の境界線

二日目でも三日目でもない、すでに公演中盤。

観客の反応は上々で、舞台は評判になりつつあった。

だが──

蓮と美咲が向き合う恋のシーン。

その数秒前、蓮の視線が一瞬だけ客席の端へ向いた。

(あかりさん……)

その一瞬を、美咲は見逃さない。

(また……あかりを見てる)

美咲の胸に鋭い痛みが走る。
それでも、ヒロインとして笑顔を作る。



◆ シーン終わり、舞台袖

シーンが終わると、美咲は蓮の腕をつかんだ。

「蓮……今日、変だよ」

「何が?」

「目が……あかりばっかり追ってる。
昔から嘘つくとき、目が泳ぐ癖治ってないよ」

蓮は息を呑んだ。

幼なじみだからこそ分かる癖。
隠せない弱さ。

「……美咲には、なんでも見透かされるな」

「だって、蓮のこと……ずっと見てたんだもん」

美咲が視線をそらす。
その横顔は、泣きそうに揺れていた。

蓮は、何も言えない。

そのやり取りを、遠くで見ていたあかりの心もまた、締め付けられていた。




◆ あかりの胸の声

(ああ……また、すれ違ってる)

蓮も、美咲も。

そして自分も。

まるで、脚本家の自分でも書き直せないほど複雑な三角形。

(こんなの……ただのリサーチなんかじゃないよ)

ふわりと涙がこぼれそうになる。

だが、あかりは首を振り、ノートパソコンを開き直した。

「……私は脚本家。
感情に飲まれて、筆を止めるわけにはいかない」

でも、心の中の声は、正反対を叫んでいた。

『蓮さんに、好きって言いたい』