恋のリハーサルは本番です

カーテンコールの拍手は、想像していたよりもずっと大きかった。

長い長い拍手。
何度も何度も、幕が上がる。

その中央で、桜井蓮は深く深く頭を下げていた。

(……終わった。初日だ)

胸の奥に、熱いものがこみ上げる。
だが、それと同時に、別の感情も渦巻いていた。

──あかりは、どう見ていた?



楽屋へ戻ると、空気は興奮と安堵で満ちていた。

「お疲れさまでしたー!」
「初日、大成功ですね!」

スタッフや共演者たちの声が飛び交う。

美咲もまた、頬を上気させながら微笑んでいた。

「蓮、お疲れさま。すごく良かったよ」

「ありがとう。美咲も……」

その言葉の途中で、蓮はふと視線を巡らせる。

(あかりさん……いない?)




あかりは、客席の一番後ろで、立ち尽くしていた。

誰もいなくなった客席。
舞台だけが、静かに明かりを落としている。

(……台本どおり。だけど……)

胸が、苦しい。

美咲が演じた“ヒロイン”は、完璧だった。
蓮の視線が、確かに、役として──そして、男として──美咲に向けられていた。

(私は……脚本家)

そう言い聞かせても、心は追いつかない。

そこへ、背後から足音。

「……終わってから、ずっとここか?」

振り返ると、高峰翔が立っていた。

「高峰さん」

「初日、おめでとう。脚本家としては、大勝利だな」

「……そうですね」

あかりは、かすかに笑った。

「でも、一番苦しい初日でもあります」

「だろうな」

翔は短くそう言って、客席を見つめた。




蓮は、意を決して走っていた。

あかりを探して。

その途中、神埼が声をかける。

「桜井、関係者挨拶が──」

「すみません、すぐ戻ります!」

走り抜ける。

その先で、蓮は、客席出口付近に立つ二人の姿を見つけた。

──あかりと、翔。

あかりは、まだ気づいていない。
翔は、こちらを一瞬だけ見て、気づいた。

(……見られてる)

翔は、わざと一歩、あかりに近づいた。

「送っていく。今日は、足元が危ない」

「え……大丈夫です、一人で──」

その瞬間、

「──あかりさん!」

蓮の声が、響いた。

二人が振り返る。

「蓮さん……」

蓮は、少し息を乱しながら、まっすぐあかりを見た。

「初日、どうでしたか?」

それは、役者としての問いであり、
同時に、一人の男としての、必死な問いだった。

あかりは、少しだけ視線を伏せ、それから答える。

「……最高でした。
脚本家としても、観客としても」

「……」

「でも──」

言葉が、続かない。

その沈黙に、蓮が気づいた。

「でも、何ですか?」

あかりは、祈るように、ぎゅっと手を握った。

「……私、今はその“続き”を言えません」

その一言で、すべてが伝わってしまう沈黙が、三人の間に落ちた。

翔が、静かに口を開く。

「じゃあ、続きを言える日まで──
桜井、今日は俺が送る」

それは、挑発でもあり、
同時に、あかりの逃げ場を作るための言葉でもあった。

「……分かりました」

蓮は、悔しそうにうなずく。

「気をつけてください」

その言葉を最後に、あかりと翔は並んで歩き出した。

夜の街へ。

その背中を、蓮は、ただ見送るしかなかった。




舞台の初日は、大成功。
しかし三人の想いは、成功とは裏腹に、さらに複雑に絡まり始めていた。