恋のリハーサルは本番です

 廊下の空気が、張りつめていた。
 蓮の「好きだ」という言葉が、まだあかりの胸の奥で震えている。

「……ごめん、急にこんなこと言って」

 そう言いながらも、蓮は目を逸らさなかった。真っ直ぐで、不器用で、嘘のない視線。

「でも……ずっと我慢してた。脚本家だから、とか、役者だから、とか。そんな線を引いて、自分を誤魔化してただけで……本当は、最初から」

 あかりは喉が詰まり、うまく言葉が出なかった。

(私は……どうしたい?)

「稽古のときの横顔も、台本を直してるときの真剣な顔も、笑うときも……全部、好きになった」

 静かな告白なのに、胸が苦しいほどに震える。

 そのとき──

「……なるほど。やっぱり、そういう展開か」

 二人の間に、低く穏やかな声が割って入った。

 振り向くと、高峰翔が壁にもたれて腕を組んでいた。

「……翔くん」

 あかりの声が、少しだけ小さくなる。

「悪いね、盗み聞きするつもりはなかったんだけど」

 翔は苦笑しながら、蓮を見た。

「蓮。ちゃんと伝えたんだな」

「……はい」

 二人の視線がぶつかる。火花は散らない。ただ、静かに緊張が走った。

「で? あかりは、どう答えるつもり?」

 あかりの心臓が跳ね上がる。
 その瞬間──

「……ちょっと! 三人で何してるのよ!」

 勢いよく現れたのは、椎名美咲だった。ジャージ姿のまま、息を切らしている。

「美咲……」

「稽古場から誰もいなくなったと思ったら……こんなところで三角関係の修羅場?」

「ち、違……」

 蓮が慌てるが、美咲はじっとあかりを見つめた。

「ねえ、あかり。はっきりしない態度のまま、二人を振り回すのは……脚本でも現実でも、残酷だよ」

 胸が、きゅっと痛む。

(分かってる……分かってるのに……)

「私は……」

 言葉を探していると、遠くから穏やかな声が響いた。

「そこまでだ。廊下は舞台じゃない」

 演出家・佐藤だった。

「三人とも、いや四人か。稽古に戻れ」

 その目は優しくも厳しい。

「感情を持つことは否定しない。ただ……今は本番前だ。ぶつける場所は、ここじゃない」

 誰も反論できなかった。

「水無月、決断は舞台が終わってからでも遅くない。だが──逃げるな。それだけは覚えておけ」

 その言葉に、あかりは小さくうなずいた。

 稽古場へ戻る途中。
 誰も、もう口を開かなかった。

 ただ一人、蓮だけが小さく囁いた。

「……あかり。返事は今じゃなくていい。でも、俺……待つから」

 その声が、優しくて、苦しくて。

 あかりは胸を押さえた。

(私は……誰を想ってるの……?)

 恋と台本。
 感情と舞台。
 どちらも切り離せないまま、夜は静かに更けていった。