午後の稽古場に、重たい空気が流れていた。
メインキャストの一人、ヒロイン役の俳優が突然の体調不良で降板することが決まったのだ。
公演まで、あと二週間。代役を立てるにしても、時間はあまりに少ない。
「どうするんですか、これ……」
あかりは手にしていた台本を見つめたまま、声を震わせた。彼女が書いた脚本は、このヒロインを中心に回っている。誰が演じてもいいわけではなかった。
演出家・佐藤が深く息を吐き、現場の空気を静めるように口を開いた。
「……代役は、もう決めてある」
ざわめきが起きる。
その中で、蓮は胸の奥がざわつくのを感じた。
佐藤の視線が稽古場の入口へ向かう。
「入ってくれ」
扉が開く音がした。
白いシャツに淡いグレーのカーディガン。静かな笑顔と、まっすぐな瞳。
その姿を見た瞬間、蓮は小さく息をのんだ。
「──椎名、美咲です。今日から、ヒロインの代役を務めさせていただきます」
柔らかく、けれど芯のある声。
久しぶりに聞くその声が、胸の奥で波紋を広げていく。
幼なじみだった彼女。
けれど、ここに立つ美咲は、かつての“隣の子”ではなかった。
「あの、椎名さんって……」
あかりが不安そうに蓮の方を見る。
「知り合い、ですか?」
蓮は少し戸惑いながらも、うなずいた。
「……昔、一緒に演劇をやってたんです。高校の時に」
「へぇ、そうなんだ……」
あかりの声が少しだけ沈む。
台本を抱きしめたその手が、わずかに震えていた。
稽古が再開される。
美咲は立ち位置を確認し、初めてのセリフを口にする。
その一言一言が、稽古場の空気を変えていった。
台本の中のヒロインが、まるで本当にそこにいるようだった。
誰もがその存在に引き込まれ、息をするのを忘れる。
そして、蓮は気づく。
──彼女の目が、確かに自分を見つめていることに。
稽古が終わるころ、あかりはノートパソコンを閉じ、静かに立ち上がった。
「……椎名さん、すごい人ですね」
その声には笑顔があった。けれど、どこか遠くを見るような響きもあった。
蓮はその横顔を見つめながら、言葉を探したが、結局、何も言えなかった。
美咲が加わったことで、物語は再び動き出す。
けれど──その再会が、新たな“恋のリハーサル”の幕開けになることを、三人はまだ知らなかった。
メインキャストの一人、ヒロイン役の俳優が突然の体調不良で降板することが決まったのだ。
公演まで、あと二週間。代役を立てるにしても、時間はあまりに少ない。
「どうするんですか、これ……」
あかりは手にしていた台本を見つめたまま、声を震わせた。彼女が書いた脚本は、このヒロインを中心に回っている。誰が演じてもいいわけではなかった。
演出家・佐藤が深く息を吐き、現場の空気を静めるように口を開いた。
「……代役は、もう決めてある」
ざわめきが起きる。
その中で、蓮は胸の奥がざわつくのを感じた。
佐藤の視線が稽古場の入口へ向かう。
「入ってくれ」
扉が開く音がした。
白いシャツに淡いグレーのカーディガン。静かな笑顔と、まっすぐな瞳。
その姿を見た瞬間、蓮は小さく息をのんだ。
「──椎名、美咲です。今日から、ヒロインの代役を務めさせていただきます」
柔らかく、けれど芯のある声。
久しぶりに聞くその声が、胸の奥で波紋を広げていく。
幼なじみだった彼女。
けれど、ここに立つ美咲は、かつての“隣の子”ではなかった。
「あの、椎名さんって……」
あかりが不安そうに蓮の方を見る。
「知り合い、ですか?」
蓮は少し戸惑いながらも、うなずいた。
「……昔、一緒に演劇をやってたんです。高校の時に」
「へぇ、そうなんだ……」
あかりの声が少しだけ沈む。
台本を抱きしめたその手が、わずかに震えていた。
稽古が再開される。
美咲は立ち位置を確認し、初めてのセリフを口にする。
その一言一言が、稽古場の空気を変えていった。
台本の中のヒロインが、まるで本当にそこにいるようだった。
誰もがその存在に引き込まれ、息をするのを忘れる。
そして、蓮は気づく。
──彼女の目が、確かに自分を見つめていることに。
稽古が終わるころ、あかりはノートパソコンを閉じ、静かに立ち上がった。
「……椎名さん、すごい人ですね」
その声には笑顔があった。けれど、どこか遠くを見るような響きもあった。
蓮はその横顔を見つめながら、言葉を探したが、結局、何も言えなかった。
美咲が加わったことで、物語は再び動き出す。
けれど──その再会が、新たな“恋のリハーサル”の幕開けになることを、三人はまだ知らなかった。



