恋のリハーサルは本番です

 蓮が走り去った廊下に、あかりはしばらく立ち尽くしていた。

 蓮が今、何を言おうとしたのか──
 それは、あかりにも分かっていた。

 分かってしまうからこそ、怖かった。

(蓮の気持ちを受け止めたら……私は、どうなるんだろう)

 脚本家としては、線を引くべきだ。
 役者に入れ込みすぎたら、冷静さを失う。
 作品にも影響する。

 けれど、それでも──
 蓮の声が、自分を呼んだとき胸が跳ねたのも事実だ。

 そのとき。

「……あかりさん?」

 背後から聞き慣れた声。
 振り返ると、美咲が立っていた。
 蓮を追って走ってきたはずなのに、あかりを見ると足を止めたようだった。

「あ、美咲ちゃん……稽古、大丈夫?」

「うん。でも、さっきの……蓮と、何か話してたよね?」

 美咲の表情は柔らかいのに、目の奥だけが真剣だった。

「あれは、その……」

 うまく言葉がでない。

 美咲は一歩あかりに近づいた。

「あかりさん。私……気づいてるから」

「気づいてる……?」

「蓮、あかりさんのこと好きだよ」

 一瞬、時間が止まった。

 美咲は自分の胸に手を当てながら続けた。

「蓮は昔から、不器用で真っ直ぐで……好きになったら、その人だけしか見なくなるタイプだから。だから……分かっちゃう」

 あかりは息を呑む。

「美咲ちゃん……」

「でもね、だからって……あかりさんを責めたりしないよ。蓮が誰を好きになっても、それは蓮の人生だから」

 美咲は笑う。
 泣き出しそうな笑顔で。

「ただ……ひとつだけ、お願い」

 声が震えているのに、必死に笑っている。

「あかりさんが、本気で蓮を好きなら……中途半端にしないで。蓮が傷つくから」

 あかりの胸に突き刺さる言葉だった。

(……私が、曖昧だから……みんなを不安にさせてるんだ)

「あの……ごめんね、美咲ちゃん……」

「ううん。私こそ、変なこと言ってごめん。ほら、稽古行かなきゃ」

 美咲は踵を返そうとして──ふと立ち止まった。

「ねえ、あかりさん」

「うん?」

「もし……もし蓮を好きじゃないなら、私……諦めたくない」

 その瞳はまっすぐで、揺るがなかった。

 美咲はもう一度小さく笑い、稽古場へと走っていった。

 あかりは、胸の前で手を握りしめる。

(私は……どうしたいの?)

 蓮の気持ちも、美咲の想いも、翔の優しさも。
 全部があかりの心を揺さぶってくる。

 そのとき──
 控室のドアが開き、神埼が顔をのぞかせた。

「水無月くん。ちょっと話がある。いいか?」

「はい……」

 あかりは慌てて気持ちを整え、神埼の後を追う。

 胸はまだ痛いまま。
 けれど逃げられない。

 恋も、仕事も。

 そして──
 蓮がさっき言いかけた「続き」も。

(ちゃんと向き合わないと……)

 あかりは小さく息を吸い込み、歩き出した。