恋のリハーサルは本番です

あかりさんが泣きそうな顔で稽古場を飛び出した。



追いかけるべきか、追いかけないべきか。

頭では冷静な判断をしようとするのに、心が先に叫んでいた。



(……追いかけなきゃ)



考えるより早く、俺は稽古場を出ていた。



廊下に出ると、少し離れたところを歩くあかりさんの背中が見えた。

小さくて、震えていて、今にも消えそうで。



「あかりさん!」



呼び止めた声が少し大きすぎたかもしれない。

あかりさんはぴくっと肩を震わせ、歩みを止めた。



ゆっくり、恐る恐る振り向く。

涙の跡が光っていた。



胸が締め付けられた。



「……ごめん、さっき。驚かせるような言い方して」



その声は弱く、かすれていた。



「驚いたのは、俺のほうだよ。

 急に飛び出して……心配したんだ」



一歩、近づく。

でもそれ以上は近づけなかった。



あかりさんは、ほんのわずかに後ずさった。



その動きが刺さる。

距離が、痛かった。



「……蓮くん。私、プロなのに……仕事に感情持ち込んで……迷惑だよね」



「迷惑じゃない」



即答していた。



あかりさんは目を丸くする。



「俺……そんなふうに思ったこと、一度もない」



「でも……」



「でも、じゃないよ」



言葉が止まらなかった。



追いかけてきてよかったと思う気持ちと、どうして泣いていたのかを知りたい気持ちと……

いろんな感情が胸の奥でぶつかり合っていた。



「泣いてたでしょ。

 無理して笑わなくていいって……ずっと思ってた」



あかりさんはぎゅっと唇を噛んで下を向く。



「……見ないでよ……こんなの……」



「見るよ」



心臓がうるさい。



「……見たいんだ。

 今のあかりさんも、ちゃんと……」



言いかけたところで、背後から声が飛んだ。



「──蓮」



高峰翔だった。

その声にはっとする。



翔がこちらをまっすぐ見つめていた。



「佐藤さんが呼んでる。次の段取りの話だ」



「あ……ああ……」



振り返る蓮を、翔の視線がじっと貫く。

その視線は鋭くて──嫉妬の色さえ混じっていた。



そして、翔の視線がふっとあかりさんに向かう。



「センセ、大丈夫?」



優しい声だった。

あかりの表情がわずかに揺れる。



蓮の胸の奥が、焼けるように熱くなる。



(……奪われたくない)



翔は続けた。



「困ってることがあったら言って。蓮じゃ頼りない時もあるだろ」



「は!? ちょっ……!」



「冗談だよ。ほら行こう、蓮」



翔に肩を叩かれ、連れていかれそうになる。



でも──



蓮は、あかりのほうを振り返って言った。



「あとで……ちゃんと話したい。

 逃げないでいてほしい」



あかりさんの目が揺れた。



そして小さく頷いた。



ただ、それだけなのに。

それだけで──胸が熱くなった。



(……絶対、すれ違ったままにしない)



そう強く心に決め、蓮は翔のもとへ戻っていった。



──その背中を見ながら、翔は小さく舌打ちした。



蓮は気づかなかった。



三角関係は、静かに、確実に動き出していた。