恋のリハーサルは本番です

休憩スペースへ向かう途中、美咲は明るく話しかけてくるのに、蓮の胸の奥には小さなざわつきが生まれていた。

(あかり……さっき、ちょっと様子が変だったよな?)

美咲は笑っていたが、あかりの表情はどこか曇っていた。
蓮が声をかけようと一歩踏み出しかけたところ、美咲が振り返る。

「ねぇ蓮。最近、楽しそうだよね?」

「え? あ、まぁ……舞台が近いし、頑張らなきゃって」

「ふふ。そういう“頑張る蓮”久しぶりに見たなって思って」

美咲は柔らかく笑う。
その笑顔に、蓮は一瞬だけ高校の頃の空気を思い出してしまう。

「美咲……高校の時とはもう違うよ。俺は──」

言いかけて、言葉を飲み込んだ。

(俺は……あかりのことが気になってるなんて、ここで言えるわけないだろ)

蓮は黙ったまま、缶コーヒーを手に取った。

美咲はその沈黙をどう受け取ったのか、わずかに眉を下げる。

「……そっか。ごめん。変なこと聞いて」

「いや、そうじゃなくて!」

慌てて否定する蓮。
美咲は微笑んだが、その瞳の奥には影が宿っていた。

「ねぇ蓮。もし、誰か特別な人がいるなら……その人、大事にしてあげて」

「っ……美咲?」

「蓮は優しいから、きっと誰かを傷つけるつもりもないんだと思う。でもね……優しさって時々、誰かの胸を刺すんだよ?」

意味深な言葉に、蓮は目を見開く。

美咲はそれ以上何も言わず、缶を手にして離れた。

蓮はしばらく動けなかった。

(……俺、あかりに何かしてしまったのか?
 いや、してない。だけど……あかりが悲しそうだった理由は?)

自分が原因なのかもしれないという影が胸の奥に落ちていく。

そこへ背後から声がした。

「……桜井くん、困ってるね」

振り返ると、高峰翔が立っていた。
腕を組み、どこか余裕のある──しかし蓮を見透かすような目つき。

「高峰さん……何か?」

「いやぁ、面白いなと思って。恋が絡むと、役者ってこんなに表情が豊かになるんだって」

蓮は目をそらし、顔が熱くなる。

「ち、違います! 俺は別に、恋とか……」

翔はくつくつと笑った。

「いいんじゃない? 認めても。
 だって君、さっきからずっと水無月さんの方見てる」

蓮はぎくりと固まる。

翔はゆっくりと蓮の肩に手を置く。

「でもね、桜井くん。
 舞台ってのは、気持ちが揺れると簡単に崩れる場所なんだ」

蓮は拳を握り締める。

翔は続けた。

「俺は役者として、君とはちゃんと勝負したい。
 だけど──恋の相手としても、負けるつもりはないよ?」

蓮の心臓が跳ねる。

「た、高峰さんまで……!」

翔は笑った。挑発でも悪意でもなく、明らかな本気の目だった。

「水無月あかり。いい脚本家だ。俺は……彼女の“本音”を見てみたいんだよ」

蓮は息を詰まらせる。

あかりを巡って、美咲だけじゃない。
翔まで敵に回るのか。

胸がざわつく。苦しくて、焦燥が湧き上がる。

(……俺は、あかりが好きだ。
 その気持ちを隠して、何がしたいんだ?)

翔は蓮の沈黙を見て、わずかに満足げに笑った。

「本番まで、まだ時間はある。
 さぁ──恋も、舞台も。どっちが勝つか、楽しみだな」

そう言い残し、翔は軽やかに歩き去った。

蓮はその場に立ち尽くす。

舞台の照明が遠くで灯り、稽古再開の準備が進む。

胸の奥で、何かが決壊しそうになっていた。

(……あかりとちゃんと向き合わないと。このままじゃ、何も守れない)

蓮の手が、無意識に拳を握り締めていた。