恋のリハーサルは本番です

稽古が始まると、稽古場の空気が一気に張りつめた。

舞台中央で向き合う桜井蓮と椎名美咲。
ふたりは、あかりが改稿した“14シーン”を演じていた。

「──どうして、私を避けるの?」

美咲の声は震えているのに、芯があった。
蓮を見つめる瞳には、役を越えたものが宿っているようにも見える。

それがまた、あかりの胸をきゅっと締めつけた。

(これ……私が書いたセリフなのに。
今、蓮さんは、それを誰に向けて言っているんだろう)

蓮がゆっくり息を吸い、セリフを返す。

「……怖かったんだ。君を失うのが」

その一言に、美咲の目が揺れる。
そして、あかりの胸も大きく揺れた。

翔が隣で腕を組みながら、興味深そうに呟く。

「おいおい。蓮、今日ずいぶん感情乗ってんな」

「……そうだね。ちょっと驚いた」

佐藤も同じことを感じているのか、じっと蓮を見つめていた。

だが、蓮は観客の視線を気にする様子もなく、美咲だけを見ていた。

あかりは、思わず手にしていたタブレットをぎゅっと抱え込む。「(これは……演技? それとも……)」

蓮が続ける。

「気づいたら、君のことばかり考えていて……だから、距離を置こうとして……」

美咲が息を呑む。

まるで、舞台の上にある言葉と、現実の誰かへの想いが重なってしまったかのように。

あかりは耐えきれず、視線を舞台からそらした。

その瞬間、後ろから小さな声がした。

「……あれ、違うよ」

あかりが振り返ると、高峰翔がふっと微笑んでいた。
挑発的でも、意地悪でもない。
どこか優しさのにじむ表情。

「蓮は演技だけじゃないけど、
今の“熱”は美咲に向いてるわけじゃないよ」

「……じゃあ、誰に?」

声に出した途端、後悔した。
まるで、自分が聞きたいと思っていたかのようで。

翔は肩をすくめ、

「さあ? けど、役者の顔じゃなかったな。
誰か“ひとり”を思い浮かべてる顔だった」

あかりの心臓が跳ねた。

その“ひとり”が誰かなんて、聞きたくなくて、でも、聞きたかった。

舞台ではシーンが終わり、佐藤が声を上げる。

「OK! 今のすごく良かった!
蓮、美咲、ちょっとそのままで。
感情の流れ、もう一回だけ確認したい」

美咲はまだ役の熱をまとったまま、蓮を見つめた。

「……蓮はさ、誰のこと考えてたの?」

小声のつもりが、稽古場にはっきり響いた。

蓮は驚いたように目を瞬かせ、それから──

「……言えません」

言って、視線をそらした。
ただ、そのそらした先は“あかりのほう”だった。

あかりは胸を押さえる。
痛い。
苦しい。
でも、ほんの少し嬉しい。

翔があかりの横で、わざと聞こえるように言う。

「センセ、蓮はわかりやすいよ?」

「……そんなこと、ないですよ」

耳まで真っ赤になっている自覚があった。

その時、佐藤が声を張った。

「よし、短い休憩! そのあと次のシーン入るぞー!」

ざわざわと稽古場が動き出す。

蓮は美咲に軽く礼をして、誰よりも早く舞台を降り──

──あかりのほうへ迷わず歩いてきた。

心臓が、爆発しそうに跳ねる。

「……あかりさん」

蓮は息を整えもせず、真っ直ぐ言った。

「さっきのシーン……どう見えましたか?」

その問いは、
演技への意見を求める“役者として”の声なのに。

瞳の奥には、それだけじゃない想いが見えてしまって。

あかりは困ったように微笑んだ。

「……とても、よかったと思います。
胸に、届きました」

蓮がほっと息をついた。

けれどその顔に宿った優しさは──
脚本家に向けるものではなく、ひとりの“女性”に向けるものだった。

あかりの胸はまた揺れた。

この恋は、なかったことにしよう──そう決めているのに。
でも、蓮の一挙手一投足が、それを許さない。

美咲は遠くからじっと二人を見つめる。
翔は小さく笑う。

稽古場には、舞台以上に複雑な気配が渦巻いていた。