恋のリハーサルは本番です

稽古がひと段落し、舞台の照明が落とされた。



「──今日はここまでにする」



 佐藤が告げると、張り詰めていた空気が一気に緩んだ。



 だが、蓮は茫然と立ち尽くしたままだった。



(“誰”に向けてるのか、はっきりしすぎ……)



 佐藤の言葉は、図星だった。



 蓮があの瞬間見ていたのは、美咲ではない。

 脚本の相手でもない。



──水無月あかり。



 その名前が胸を締めつける。



 横で、美咲がそっと声をかけた。



「蓮……すごかったよ。今日の演技、びっくりした」



「……そうかな?」



「うん。本当に、役に気持ちが乗ってた。

 ……ちょっと痛いくらいに」



 美咲は笑ったが、その笑顔はどこか寂しい。



 蓮は返す言葉を見つけられず、視線をそらした。



 その隙間から、舞台下にいるあかりの姿が見える。



 タブレットを抱えたまま、表情を固めて立ち止まっていた。



(……やっぱり、俺の演技、気づいたよな)



 胸がざわつき、落ち着かない。



 美咲が蓮の視線の先を追い、静かに息を吐く。



「……蓮。

 本当は、誰に向けて言ってたの?」



「え?」



「“どうして、俺の気持ちわかってくれないんだ”ってやつ」



 蓮は答えられず、唇を噛んだ。



 美咲は微笑む。



「ねえ。正直に答えてくれなくてもいい。

 でも……誰かを想ってるのなら、その人に伝えなよ。

 伝えたいのに伝えられないのって……いちばん苦しいから」



「美咲……?」



 美咲は目をそらし、舞台袖へ向かって歩き出した。



 その背中は、少しだけ震えていた。



(蓮の想いは、私じゃない。

 分かってたけど……やっぱり、少しだけ、痛いや)





 一方、あかりは座席に腰を下ろし、頭を抱えていた。



(やだ……私、蓮くんの演技で、動揺してる)



 さっきの蓮の叫び。

 震える声。

 潤んだ目。



──あれって、演技じゃない。



 あかりには分かってしまった。



 だって、蓮の“本音”を一番近くで見てきたから。



(……私のこと、見てた?

 あれって……私に、言ったの?)



 顔が熱くなる。

 胸が痛い。

 でも──どこか嬉しい。



 そこへ、



「水無月さん?」



 声のする方を見ると、翔が立っていた。



「……何かあった?」



「あ、えっと……いや、なんでも……」



「桜井、ずっと君の方見てたけど」



「えっ……!」



 ずばり言われ、あかりの心臓が跳ね上がる。



 翔は薄く笑う。



「……二人とも、不器用だよな」



「ぶ、不器用って……何の話ですか」



「何でもないよ。

 ただ、水無月さん。桜井は君のこと、特別に見てると思う」



「っ……!」



 あかりの耳が一気に赤くなる。



 だが、翔は少し表情を曇らせた。



「……だからこそ、演技がブレるのは良くない。

 あいつは真面目だ。だから余計に空回りする」



「……はい」



「脚本家としてじゃなく、“君自身”として、どうしたいのか。

 一度考えた方がいいと思う」



 翔の言葉は、なぜか温かかった。



(どうしたいか……?

 そんなの……)



 心はもう答えを知っている。



──蓮くんが好き。



 ただ、それを認めるのが怖かった。



 翔が言葉を続ける。



「桜井は今、迷ってる。

 “役者としての自分”と、“水無月さんを想う自分”の間で」



「……そんなの、蓮くんだけじゃないです。

 わ、私だって……」



 言いかけて、口をつぐむ。



 その瞬間、舞台袖から蓮が出てきた。



「あ、あかりさん……!」



 蓮はあかりを見つけて駆け寄ろうとするが、翔の存在を見て足を止める。



 気まずい空気が流れた。



「じゃあ、水無月さん。

 また何かあったら相談して?」



 翔は軽く手を振り、舞台裏へ去っていった。



 残されたのは──蓮とあかりだけ。



 二人の間に、言葉にできない沈黙が落ちる。



「……さっきの演技、すごかったよ、蓮くん」



 あかりが静かに言った。



「そ……そうですか?」



「うん。あの台詞……胸に刺さった」



「……あれは……」



 蓮は言いたい。

 でも、言えない。



 “あの言葉は、あなたに向けて言ったんです”なんて。



 あかりもまた、言えない。



 “私も蓮くんが好きだよ”なんて。



 だから、二人は同時に微笑んだ。



──強がりの笑顔。



 近いのに、遠い。



 届きそうで届かない距離。



(……どうしてこんなに苦しいの?)



(……どうしてもっと素直になれないんだ?)



 答えのない想いが、またすれ違っていく。