恋のリハーサルは本番です

ステージでは蓮が立ち位置につき、翔が対面に構える。
 だが蓮の表情には、演技に集中しきれない影があった。

「桜井、そこ。目線が甘い」
 演出家・佐藤が鋭く指摘する。

「す、すみません!」

 蓮の声はわずかに上ずっていた。

 佐藤は腕を組み、蓮をじっと見たあと、ちらりと客席側のあかりを見る。
 その視線は、「原因は分かっている」という無言の圧力を帯びていた。

「水無月さん、ちょっと来てくれる?」
 佐藤が控室側へ手招きする。

「あ、はい……!」

 あかりは慌ててパソコンとノートを抱え、佐藤のところへ。

「桜井の様子、気づいてるだろう?」
 佐藤は歩きながら、低く問う。

「……っ。はい。少し、気が散っているというか……」

「“少し”どころじゃないよ。完全に心ここにあらずだ」

 厳しい口調だが、責めているのではない。
 蓮の将来を心配する演出家の目だった。

「水無月、君と桜井が仲がいいのは知ってる。でもな──」

「仲がいいというか、その……!」

「誤魔化すなよ。台詞のテンポが乱れるレベルで動揺してるんだ。原因を知らないわけじゃない」

 あかりは言葉を失う。

 佐藤は一度歩みを止め、あかりをまっすぐ見つめた。

「脚本家として、役者として、舞台を良くするために言う。
 蓮の心を揺らすなら、ちゃんと向き合え。
 曖昧にしておくのが一番、ダメだ」

「…………」

 胸に刺さった。
 正しいからこそ、痛い。

 佐藤が再び舞台へ戻ろうとしたそのとき──

「……あかり?」

 声がして振り返ると、椎名美咲が立っていた。

「美咲ちゃん……!」

 稽古で汗を浮かべた顔で、少し、気まずそうに微笑む。

「さっき、蓮のことで……何かあったの?」

「えっ……」

 言葉が詰まる。
 美咲の瞳は、強く、揺れていた。

「蓮、ずっと変だよ。
 今日の演技も、私たちのシーンの合わせも、どこか上の空で……」

「それは……」

 あかりは言い淀む。
 蓮のことを語る資格なんて、自分にあるのだろうか。

 そんなあかりを見て、美咲は微笑んだ。

 優しいけれど、どこか切なさを含んだ笑み。

「あかりさん。ねえ、正直に答えてほしいの。
 蓮のこと……好き?」

「っ……!」

 まっすぐな問い。
 逃げ場がない。

 美咲は一歩近づき、小さく肩をすくめる。

「……安心して。責めるつもりじゃないんだよ。
 ただね、私……蓮のこと、ずっと好きだった」

 その言葉は、あかりの胸に重く落ちた。

「蓮の夢を追いかける姿が好きで、
 誰より真剣に舞台に向き合うところが好きで……」

 美咲は笑おうとして、うまく笑えなかった。

「だから、気づいちゃうんだ。
 蓮が動揺してる原因が“私じゃない”ってことにも」

「あ、あの……」

「あかりさん。
 もし本当に蓮のことを想ってるなら……嘘つかないで。
 曖昧にしてると、蓮も、翔さんも、誰も前に進めなくなっちゃう」

 美咲の声は震えていた。

 でも、それでも優しかった。

「あかりさんが蓮を好きなら……私は、はっきり知りたい」

 あかりは息を飲み、胸を押さえる。

 蓮の気持ち。
 翔の気持ち。
 そして、美咲の気持ち。

 誰もが真剣で、誰もが傷ついている。

 その中で、自分がどうするべきか──。

 答えはまだ出ない。

 でも、逃げてはいけない。

「あ、あの……美咲ちゃん……」

 あかりが言葉を絞り出したそのとき、

「水無月あかりさん、いますか!?
 次のシーンの修正、確認したいんです!」

 劇団責任者・神埼の声がホールに響いた。

「は、はいっ!」

 あかりは返事をし、美咲の前で立ち止まる。

「……ごめん。
 でも、ちゃんと……考えるから」

 美咲は静かにうなずいた。

「うん。待ってる」

 あかりは胸の奥がきゅっと締め付けられるのを感じながら、神埼のもとへ走っていった。

 その背を見送りながら、美咲はそっと呟いた。

「……蓮。
 あなたの想いは、どこに向かってるの?」