恋のリハーサルは本番です

あかりは、自分で決めたはずなのに、初日から落ち着かない。

「じゃあ今日のテーマは、“手を繋ぐシーンの自然な流れ”でどうです?」
 稽古場の隅で、あかりは資料をまとめながら提案する。
「前もそれ、やりましたよね?」
「細部を詰めたいんです。感情の“繋がり”をね」

 そう言いつつ、彼女の視線は蓮の手元に吸い寄せられる。
 指先。手の甲の筋。以前、何気なく触れた時の温度。
 思い出すたび、胸の奥がじんと熱くなる。

「……そんなに見ると、繋ぎにくい」
 蓮が苦笑交じりに言うと、あかりはハッと我に返った。
「べ、別に見てません!」
「じゃあ、いきましょう。リハーサル開始」

 蓮は手を差し出す。
 あかりは一瞬ためらったが、そっと自分の手を重ねた。

 触れた瞬間、記憶がよみがえる。
 初めて手を繋いだあの日の夕暮れ。
 「恋のリサーチです」と笑った自分。
 でも、もうあの頃のように割り切れない。

 指がわずかに震えているのを、蓮は気づいているのだろうか。

「……なあ」
 低い声で、蓮がつぶやいた。
「この“リハーサル”、いつまで続ける?」
「え?」
「俺、本番に行きたい」

 その一言に、心臓が止まりかけた。

「だ、ダメです。それは……違います」
 あかりは慌てて手を離した。
「これはあくまで取材で、練習で……」
「そうやって線を引くの、疲れないか?」
「線を引かなかったら、もっと困ります」
 声が裏返る。

 沈黙。
 お互いが“役者”と“脚本家”の仮面を外せないまま、空気だけが重くなっていく。

 そこへ突然、扉が開いた。
「おーい、リハ中か?」

 高峰翔が台本を片手に入ってきた。
 人気俳優にして、蓮のライバル。
「お、いい雰囲気だな。恋人役の稽古?」
「ち、違います!」と、あかりが即座に否定する。
 翔はにやりと笑った。
「まあまあ、照れるなよ。カメラ入ってたら完璧だぞ、この空気」

 蓮は苦笑しながら肩をすくめた。
 だが、その表情の奥には、かすかな焦りが滲んでいた。

 翔が去ったあと、あかりは小さく息を吐いた。
「……あの人、いつもタイミング悪い」
「でも助かったよ。あのままだと俺、言いすぎてたかも」

 そう言って、蓮は優しく笑った。
 けれどその笑顔の裏に、言葉にならない想いが隠れているのを、あかりは知っていた。

 ──恋のリハーサル2.0。
 再び始まったはずの“練習”は、また少しずつ、二人の心をかき乱していく。

 触れるたびに、近づく。
 近づくたびに、怖くなる。

 それでも止められない。

 だって恋は、やっぱりリハーサルなんかじゃないから。