「よし、次の場面いこうか!」
演出家の佐藤が声を張り上げた。
稽古場には緊張と熱気が満ちている。
今日は舞台中盤の“告白シーン”のリハーサル。
そして、その相手役は──ヒロイン代役の椎名美咲だ。
「お願いします!」
蓮は深く息を吸い、立ち位置についた。
> 「……俺は、君のことが、好きだ」
セリフを言った瞬間。
蓮の胸の奥で、心臓が大きく跳ねた。
“舞台の上”のはずなのに、あかりの顔が浮かんで離れない。
「桜井くん、今の悪くない!」
佐藤が満足そうに頷く。
「ただ、もう少し“相手を失いたくない”気持ちを強く出して!」
「はい!」
もう一度セリフを言う。
だが──その声は、どこか震えていた。
舞台袖から、あかりが静かにその様子を見ていた。
ノートパソコンを抱えながら、心の中で呟く。
(どうして、そんな目をするの……)
蓮の表情は、脚本に書いた“演技”を超えていた。
まるで本当に恋をしているような、熱を帯びた眼差し。
見ているだけで、胸が痛い。
「カット!──いい、今の表情最高!」
佐藤が満面の笑みで拍手する。
「桜井、まさに恋してる男だな!」
その言葉に、あかりの心臓がドクンと跳ねた。
蓮は、照れたように笑う。
「ありがとうございます。……あの、少し休憩してもいいですか?」
「おう、五分だけな!」
蓮は舞台袖に降り、あかりの方へ歩いてきた。
あかりは慌ててノートパソコンを閉じる。
「水無月さん、今のシーン、どうでした?」
「すごく……よかったです。ちょっと、びっくりしました」
「え、びっくり?」
「なんか……演技じゃないみたいで」
その言葉に、蓮は一瞬、息を呑んだ。
あかりと視線がぶつかる。
数秒の沈黙。
どちらも、目を逸らせない。
「──それ、もしかしたら演技じゃないのかも」
蓮が小さく笑いながら言った。
あかりの頬が一気に赤くなる。
「え、え? ど、どういう意味ですか?」
「……言葉のままの意味です」
蓮の声が真剣だった。
稽古場のざわめきが、遠くに消えていくように感じる。
鼓動の音だけが、耳の奥で響いていた。
「桜井くん! もう一回いくぞー!」
佐藤の声が、現実に引き戻した。
蓮は名残惜しそうにあかりを見て、軽く笑った。
「行ってきます。──本番より緊張しますね」
「……はい」
あかりは俯きながら、そっと胸に手を当てた。
そこには、脚本家ではなく“ひとりの女の子”の鼓動があった。
その夜。
帰り際、蓮とあかりは劇場の出口で鉢合わせた。
沈黙のまま、夜風が二人の間を抜けていく。
「水無月さん」
「……はい?」
「今日の告白シーン、どうでしたか」
「とても……良かったです。本当に、心が動かされました」
「よかった。でも──あれは“演技”じゃなくて、“本音”でした」
あかりは息をのむ。
蓮は真っすぐに彼女を見つめ、静かに言葉を重ねた。
「俺、本当に、水無月さんが好きです」
夜の街灯が二人を照らす。
あかりの手が、わずかに震えた。
「そ、それって……リサーチの延長じゃなくて……?」
「違います。リハーサルなんかじゃない。本番です」
あかりは、何も言えなかった。
ただ、心臓が壊れそうなほど早く鼓動していた。
──恋のリサーチは、終わりを迎えた。
ここから始まるのは、“本番の恋”だ。
演出家の佐藤が声を張り上げた。
稽古場には緊張と熱気が満ちている。
今日は舞台中盤の“告白シーン”のリハーサル。
そして、その相手役は──ヒロイン代役の椎名美咲だ。
「お願いします!」
蓮は深く息を吸い、立ち位置についた。
> 「……俺は、君のことが、好きだ」
セリフを言った瞬間。
蓮の胸の奥で、心臓が大きく跳ねた。
“舞台の上”のはずなのに、あかりの顔が浮かんで離れない。
「桜井くん、今の悪くない!」
佐藤が満足そうに頷く。
「ただ、もう少し“相手を失いたくない”気持ちを強く出して!」
「はい!」
もう一度セリフを言う。
だが──その声は、どこか震えていた。
舞台袖から、あかりが静かにその様子を見ていた。
ノートパソコンを抱えながら、心の中で呟く。
(どうして、そんな目をするの……)
蓮の表情は、脚本に書いた“演技”を超えていた。
まるで本当に恋をしているような、熱を帯びた眼差し。
見ているだけで、胸が痛い。
「カット!──いい、今の表情最高!」
佐藤が満面の笑みで拍手する。
「桜井、まさに恋してる男だな!」
その言葉に、あかりの心臓がドクンと跳ねた。
蓮は、照れたように笑う。
「ありがとうございます。……あの、少し休憩してもいいですか?」
「おう、五分だけな!」
蓮は舞台袖に降り、あかりの方へ歩いてきた。
あかりは慌ててノートパソコンを閉じる。
「水無月さん、今のシーン、どうでした?」
「すごく……よかったです。ちょっと、びっくりしました」
「え、びっくり?」
「なんか……演技じゃないみたいで」
その言葉に、蓮は一瞬、息を呑んだ。
あかりと視線がぶつかる。
数秒の沈黙。
どちらも、目を逸らせない。
「──それ、もしかしたら演技じゃないのかも」
蓮が小さく笑いながら言った。
あかりの頬が一気に赤くなる。
「え、え? ど、どういう意味ですか?」
「……言葉のままの意味です」
蓮の声が真剣だった。
稽古場のざわめきが、遠くに消えていくように感じる。
鼓動の音だけが、耳の奥で響いていた。
「桜井くん! もう一回いくぞー!」
佐藤の声が、現実に引き戻した。
蓮は名残惜しそうにあかりを見て、軽く笑った。
「行ってきます。──本番より緊張しますね」
「……はい」
あかりは俯きながら、そっと胸に手を当てた。
そこには、脚本家ではなく“ひとりの女の子”の鼓動があった。
その夜。
帰り際、蓮とあかりは劇場の出口で鉢合わせた。
沈黙のまま、夜風が二人の間を抜けていく。
「水無月さん」
「……はい?」
「今日の告白シーン、どうでしたか」
「とても……良かったです。本当に、心が動かされました」
「よかった。でも──あれは“演技”じゃなくて、“本音”でした」
あかりは息をのむ。
蓮は真っすぐに彼女を見つめ、静かに言葉を重ねた。
「俺、本当に、水無月さんが好きです」
夜の街灯が二人を照らす。
あかりの手が、わずかに震えた。
「そ、それって……リサーチの延長じゃなくて……?」
「違います。リハーサルなんかじゃない。本番です」
あかりは、何も言えなかった。
ただ、心臓が壊れそうなほど早く鼓動していた。
──恋のリサーチは、終わりを迎えた。
ここから始まるのは、“本番の恋”だ。



