取材用の部屋は、思っていたよりも小さかった。
長机と、簡易的な照明。
壁にはポスターもなく、映画のタイトルが入ったパネルだけが置かれている。
あかりは椅子に腰掛け、膝の上で指を組んだ。
慣れたはずの取材なのに、今日は少しだけ呼吸が浅い。
「よろしくお願いします」
記者は柔らかく笑い、録音機のスイッチを入れた。
「今回の脚本、とても“生身の感情”が印象的でした。
舞台版から映画版へ、書き直すうえで一番意識された点は?」
想定内の質問。
あかりは頷き、用意してきた言葉を選ぶ。
「台詞よりも、沈黙ですね。
言葉にしきれない部分を、どう残すかを考えました」
「なるほど。
その“残した部分”は、誰か特定の人物像があったんでしょうか?」
一瞬だけ、間が空いた。
鋭い、というほどではない。
でも、よく分かっている人の聞き方だった。
「……特定のモデル、という形ではありません」
嘘ではない。
けれど、十分でもない。
記者はペンを走らせながら、続ける。
「主演の桜井蓮さんの演技も、
“書かれていない感情を背負っている”と評されています。
脚本家として、どう受け止めていますか?」
蓮の名前。
胸の奥が、わずかに揺れた。
「……ありがたいです」
それだけで終わらせようとした、次の瞬間。
「舞台版では、別の俳優さんの存在感も話題でしたよね」
来る。
あかりは、分かっていた。
「海外に行かれた高峰翔さん。
彼の演技が、今回の脚本に影響を与えた部分はありますか?」
部屋の空気が、ほんの少しだけ変わる。
あかりは、視線を落とさずに答えを探した。
ここで名前を出すこともできる。
完全に否定することもできる。
どちらも、簡単だ。
でも──
どちらも、正しくない。
「……影響、という言い方は少し違うかもしれません」
記者が顔を上げる。
「舞台のとき、
私が“ここは書けない”と感じた部分がありました」
言葉を選ぶ。
慎重に、でも逃げない。
「それを、役者がどう生きるかを見ていた。
その経験が、映画版を書くときの判断材料にはなっています」
翔の名前は、出していない。
でも、消してもいない。
記者は、わずかに口角を上げた。
「役者に、委ねた、と」
「はい」
あかりは、はっきりと頷いた。
「書き手がすべてを決めない、という選択です」
録音機のランプが、静かに点り続けている。
取材はその後も続いた。
作品のテーマ。
映画化の意義。
今後の展望。
すべて無難に答えたはずなのに、
最後の質問だけが、胸に残った。
「では最後に。
この映画で、一番“書いてよかった”と思う点は?」
あかりは、少し考えた。
「……自分が、書けなかった部分を、
ちゃんと“なかったこと”にしなかったところです」
それが、精一杯だった。
取材が終わり、部屋を出ると、廊下の先に蓮が立っていた。
偶然なのか、待っていたのかは分からない。
「お疲れさまです」
仕事用の声。
仕事用の距離。
「……お疲れ」
短い会話。
それだけで、すれ違う。
でも、あかりは知っている。
今日の記事が出れば、
“書けなかった部分”は、もう二人だけのものではなくなる。
外部の言葉が、関係の輪郭をなぞり始める。
──逃げ場は、また一つ減った。
長机と、簡易的な照明。
壁にはポスターもなく、映画のタイトルが入ったパネルだけが置かれている。
あかりは椅子に腰掛け、膝の上で指を組んだ。
慣れたはずの取材なのに、今日は少しだけ呼吸が浅い。
「よろしくお願いします」
記者は柔らかく笑い、録音機のスイッチを入れた。
「今回の脚本、とても“生身の感情”が印象的でした。
舞台版から映画版へ、書き直すうえで一番意識された点は?」
想定内の質問。
あかりは頷き、用意してきた言葉を選ぶ。
「台詞よりも、沈黙ですね。
言葉にしきれない部分を、どう残すかを考えました」
「なるほど。
その“残した部分”は、誰か特定の人物像があったんでしょうか?」
一瞬だけ、間が空いた。
鋭い、というほどではない。
でも、よく分かっている人の聞き方だった。
「……特定のモデル、という形ではありません」
嘘ではない。
けれど、十分でもない。
記者はペンを走らせながら、続ける。
「主演の桜井蓮さんの演技も、
“書かれていない感情を背負っている”と評されています。
脚本家として、どう受け止めていますか?」
蓮の名前。
胸の奥が、わずかに揺れた。
「……ありがたいです」
それだけで終わらせようとした、次の瞬間。
「舞台版では、別の俳優さんの存在感も話題でしたよね」
来る。
あかりは、分かっていた。
「海外に行かれた高峰翔さん。
彼の演技が、今回の脚本に影響を与えた部分はありますか?」
部屋の空気が、ほんの少しだけ変わる。
あかりは、視線を落とさずに答えを探した。
ここで名前を出すこともできる。
完全に否定することもできる。
どちらも、簡単だ。
でも──
どちらも、正しくない。
「……影響、という言い方は少し違うかもしれません」
記者が顔を上げる。
「舞台のとき、
私が“ここは書けない”と感じた部分がありました」
言葉を選ぶ。
慎重に、でも逃げない。
「それを、役者がどう生きるかを見ていた。
その経験が、映画版を書くときの判断材料にはなっています」
翔の名前は、出していない。
でも、消してもいない。
記者は、わずかに口角を上げた。
「役者に、委ねた、と」
「はい」
あかりは、はっきりと頷いた。
「書き手がすべてを決めない、という選択です」
録音機のランプが、静かに点り続けている。
取材はその後も続いた。
作品のテーマ。
映画化の意義。
今後の展望。
すべて無難に答えたはずなのに、
最後の質問だけが、胸に残った。
「では最後に。
この映画で、一番“書いてよかった”と思う点は?」
あかりは、少し考えた。
「……自分が、書けなかった部分を、
ちゃんと“なかったこと”にしなかったところです」
それが、精一杯だった。
取材が終わり、部屋を出ると、廊下の先に蓮が立っていた。
偶然なのか、待っていたのかは分からない。
「お疲れさまです」
仕事用の声。
仕事用の距離。
「……お疲れ」
短い会話。
それだけで、すれ違う。
でも、あかりは知っている。
今日の記事が出れば、
“書けなかった部分”は、もう二人だけのものではなくなる。
外部の言葉が、関係の輪郭をなぞり始める。
──逃げ場は、また一つ減った。



