恋のリハーサルは本番です

昼休みの稽古場。

コンビニの袋とペットボトルが、簡易テーブルに散らばっている。

緊張感は、少しだけ緩んでいた──はずだった。

「……で」

姫野亜理沙が、ストローを咥えながら、ぽつりと言う。

「これ」

全員が、顔を上げた。

「大人の三角関係、地獄ですね」

一瞬。

時間が、止まった。

「ちょ、亜理沙……」

誰かが止めようとするが、遅い。

「いや、だって」

亜理沙は、本当に不思議そうな顔をする。

「子どもなら、もっと分かりやすいじゃないですか」
「「好き!」「嫌い!」って言って、泣いて、喧嘩して、終わり」

「でも」

ストローを外す。

「大人って」

「仕事とか」

「立場とか」

「責任とか」

「全部抱えたまま、好きになるじゃないですか」

沈黙。

「で」

にっこり。

「誰も悪くない顔してるのに」

「全員、地獄」

蓮の喉が、鳴る。

(……正論すぎる)

翔は、口角をわずかに上げた。

(無自覚、怖)

あかりは、完全に固まっている。

(言語化しないで……)

「私」

亜理沙は、さらに追い打ちをかける。

「昨日、帰ってから考えたんですけど」

「これ」

指を折る。

「桜井さんは、“待たない”って言った人」

「高峰さんは、“譲らない”って言った人」

「で」

視線が、あかりに向く。

「水無月さんは」

一拍。

「選ばされる人ですよね」

致命傷。

「……」

あかりは、言葉を失う。

「それ、フェアじゃないなーって」

亜理沙は、首を傾げる。

「二人とも、“自分の覚悟”は宣言してるのに」

「水無月さんだけ」

「答えを求められる立場」

佐藤が、腕を組んだまま呟く。

「……耳が痛い」

「ですよね?」

亜理沙は、即座に返す。

「だから」

急に、笑顔になる。

「大人の三角関係、地獄です」

「シンプルに」

場の空気が、限界まで張り詰める。

最初に動いたのは、翔だった。

「亜理沙」

穏やかな声。

「それ、本人の前で言う?」

「え?」

亜理沙は、きょとん。

「言っちゃダメでした?」

「……ダメではない」

「じゃあ、良かったです」

にっこり。

「私、空気読むの苦手で」

(知ってる)

全員の心の声が、重なった。

蓮が、ゆっくり口を開く。

「……地獄でも」
「逃げるよりは、マシだ」

翔が、すぐに返す。

「それ」
「俺も思ってた」

視線が、交わる。

火花は、出ない。

ただ、重い。

あかりは、耐えきれず、俯いた。

(……地獄)

でも。

亜理沙の言葉は、残酷なだけじゃなかった。

(選ばされてる)

それを、初めて誰かが、はっきり言葉にした。

「……ありがとう」

小さな声で、あかりが言う。

亜理沙が、目を丸くする。

「え?」

「言われなかったら」

あかりは、息を整える。

「私、まだ“仕事”って言い訳してた」

その瞬間。

蓮と翔、二人の視線が、同時に上がる。

亜理沙は、困ったように笑った。

「……あ、これ」

「私、また地雷踏みました?」

「うん」

佐藤が即答する。

「派手に」

「ですよねー」

亜理沙は、頭をかく。

「でも」

真剣な目になる。

「舞台って」

「本音が滲むから、面白いんですよね」

「……今、めちゃくちゃ滲んでます」

誰も否定できなかった。

三人は、同じ場所に立っているのに、

それぞれ違う覚悟を抱えている。

そして。

“地獄”は、
まだ始まったばかりだった。