恋のリハーサルは本番です

午後の稽古。

照明は半分、舞台上には簡単な立ち位置テープだけ。

通し稽古が終わった直後、

微妙に張り詰めた空気が、まだ残っていた。

「……はい、止めようか」

演出家・佐藤が、手を叩く。

俳優たちが一斉に息をつく。

桜井蓮は、胸の奥が妙に熱いまま、立ち位置を離れられずにいた。

(……今の芝居)

自分でも分かる。

集中しすぎていた。

相手役ではなく、誰か一人に向けて感情が流れていた。

視線の先。

水無月あかりは、タブレットを持ったまま、無言で立っている。

目が合いそうで、逸らされる。

(……まずい)

翔も、同じことを感じていた。

(全員、気づいてるな)

佐藤は、少し考えるように顎に手を当ててから、言った。

「……正直に言うね」

一瞬の沈黙。

「今日の芝居、かなり良かった」

空気が、わずかに緩む。

「間がいい」

「感情の流れが、台本より一歩先に出てる」

あかりが、はっと顔を上げる。

「……え?」

「水無月さん」

佐藤は、にこっと笑った。

「書いた覚え、ないでしょ?」

あかりの指が、きゅっとタブレットを握る。

「……はい」

「でもね」

佐藤は、舞台中央に立つ。

「俳優が“勝手に”深くしてる」

「それ、止めない」

その瞬間。

全員が、嫌な予感を覚えた。

「これさ」

佐藤は、あっさり言った。

「私情、入ってるよね」

空気が、凍る。

亜理沙が、小さく「うわ」と呟いた。

蓮の背筋が、強張る。

翔は、口元だけで笑った。

あかりの思考が、一気に崩れる。

(言わないで)
(それは……)

「誤解しないで」

佐藤は、すぐに続けた。

「責めてない」

「むしろ逆」

全員の視線が、集まる。

「この作品」

佐藤は、はっきり言った。

「今、一番良くなってる理由は──」

一拍。

「人間関係が、正直だから」

沈黙。

「計算じゃない」

「安全圏でもない」

「踏み込むかどうか、迷ってる感情が」

「芝居に、そのまま出てる」

蓮は、息を呑む。

(……見抜かれてる)

「役者としては」

佐藤は、蓮と翔を交互に見る。

「今の君たち、かなりいい」

「だから」

あかりに視線を戻す。

「脚本家としても」

「無理に整えなくていい」

あかりの喉が、鳴る。

「……でも」

「でも?」

「それって……」

言葉を選ぶ。

「プロとして、危うくないですか」

佐藤は、即答した。

「危ういよ」

にっこり。

「だから、面白い」

亜理沙が、ぽつり。

「……大人、こわ」

「褒め言葉だ」

佐藤は笑う。

「安心して」

「一線は、私が見る」

「でも」

声が少しだけ真剣になる。

「今の“揺れてる感じ”」

「消したら、この芝居、死ぬ」

その言葉が、深く刺さる。

あかりは、俯いた。

(逃げられない)

(仕事として、否定もできない)

佐藤は、最後に言った。

「だから今日は、これだけ」

「私情を抱えたまま、もう一回やろう」

「その代わり」

視線を鋭くする。

「中途半端は、許さない」

沈黙のあと。

「……はい」

蓮が、低く答えた。

翔も、同時に。

「了解です」

あかりは、一拍遅れて。

「……わかりました」

その瞬間。

三人とも、同じことを思っていた。

(……戻れない)

私情は、
もう芝居の一部になってしまった。