恋のリハーサルは本番です

稽古場の片隅。

高峰翔は、ストレッチをしながら、何気なく二人の背中を見ていた。



桜井蓮と、水無月あかり。



並んで戻ってくる、その距離感。



近すぎない。



けれど、確実に“昨日とは違う”。



(……ああ)



翔は、すぐに察した。



(言ったな、あいつ)



「おかえり」



翔の声に、蓮が顔を上げる。



「……戻ってたんだ」



「今戻った」



嘘だった。



最初から、ここにいた。



空気の変化を、翔が見逃すはずがない。



「で?」



翔は、軽い調子で続ける。



「決着ついた?」



蓮は、一瞬だけ言葉に詰まる。



「……いや」



「まだ」



その一言で、十分だった。



翔は、ふっと笑う。



「でも、“待たない”って顔してる」



蓮の指先が、わずかに強張った。



(……やっぱり)



「聞いてたのか」



「全部じゃない」



翔は肩をすくめる。



「でも」



視線を鋭くする。



「その単語は、聞こえた」



沈黙。



稽古場のざわめきが、二人を包む。



「……俺は」



蓮が口を開く。



「逃げたくなかった」



翔は、頷いた。



「知ってる」



「桜井は、そういうやつだ」



それが、逆に痛かった。



「だから、言うけどさ」



翔は、真正面から蓮を見る。



「それ、俺と同じ土俵に立ったってことだからな」



「分かってる」



「“待たない”って言葉はさ」



翔の声は、静かだった。



「覚悟がないと、ただの自己満足になる」



「相手の人生に、踏み込むってことだから」



蓮は、目を逸らさなかった。



「……だからこそ、言った」



「背負うつもりで」



翔は、少しだけ目を細める。



(……本気だ)



昨日までの、逡巡じゃない。



「いいじゃん」



翔は、急に笑った。



「やっと、面白くなってきた」



蓮は眉をひそめる。



「煽るなよ」



「煽ってる」



翔は、あっさり認める。



「でも」



声のトーンが落ちる。



「俺は、最初から逃げてない」



「役者としても」



「男としても」



その言葉に、蓮の胸がざわつく。



「俺は」



翔は、静かに言った。



「水無月さんに、選ばれなくてもいい」



「でも」



一拍置く。



「選びに行ったことだけは、後悔しない」



蓮は、息を呑む。



(……強い)



それは、挑発でも虚勢でもない。



「桜井」



翔は、ほんの一瞬だけ、真剣な目をした。



「“待たない”って言葉」



「言ったからには、途中で引くな」



「迷ってもいい」



「怖くてもいい」



「でも」



「相手を一人で立たせるな」



その言葉は、忠告だった。



同時に、宣戦布告でもあった。



「……分かってる」



蓮は、低く答える。



翔は、満足そうに頷く。



「なら、フェアだ」



「舞台も、恋も」



「全部」



二人の視線が、ぶつかる。



音はしない。



けれど、確かに衝突していた。



その少し離れた場所で。



あかりは、台本を見つめながら、なぜか胸がざわついていた。



理由は、まだ分からない。



けれど。



二人の覚悟が、静かにぶつかったことだけは──

なぜか、感じ取っていた。