恋のリハーサルは本番です

稽古場に、重たい沈黙が落ちていた。

あかりは俯いたまま動けず、
蓮は入口で立ち尽くし、
翔は余裕の仮面を貼りつけたまま視線を逸らさない。

──完全に、地獄。

誰も次の言葉を選べない、その瞬間。

「おはようございまーーす!」

明るすぎる声が、稽古場に突き刺さった。

全員が同時に振り向く。

姫野亜理沙だった。

トートバッグを肩にかけ、紙コップのコーヒーを二つ持っている。

「いやー、早く来すぎました?
 なんか……空気、重くないですか?」

きょとん、と首を傾げる。

(来た……!)

あかりの内心の悲鳴などお構いなしに、亜理沙はずんずん入ってくる。

「水無月さん! これ差し入れです!」

「え、あ……ありがとう」

反射的に受け取ってしまうあかり。

亜理沙は次に蓮を見る。

「桜井さん、顔色悪っ。
 徹夜ですか?」

「……まあ」

「やっぱ主演って大変ですよね~」

そして、翔。

「あ、高峰さんもいたんですね。

 今日、やけに距離近くないです?」

翔が、吹きそうになる。

「……よく見てるね」

「観察が仕事なんで!」

悪びれもせず、にこっと笑う。

──そして。

亜理沙は、ふと三人を見比べた。

あかり。
蓮。
翔。

沈黙。

微妙な距離感。

視線の交錯。

数秒、じっと見てから。

「……あ」

全員の心臓が、止まる。

「え、これ」

にこやかなまま、爆弾投下。

「三角関係ですよね?」

──カァン。

見えないゴングが鳴った。

「ち、違……!」

あかりが慌てて否定しようとするが、声が裏返る。

亜理沙は首を傾げる。

「違います?」

「だって」

指を一本立てる。

「桜井さん、明らかに水無月さんのこと気にしてるし」

二本目。

「高峰さんは、堂々とアプローチしてるし」

三本目。

「水無月さんは、二人の前でだけ挙動不審です」

満面の笑み。

「役の関係じゃないですよね、これ」

沈黙。

蓮は、顔を覆いたくなった。

(なんで当たるんだ……)

翔は、完全に面白がっている。

「さすがヒロイン。洞察力が違う」

「ですよね?」

亜理沙はうんうん頷いてから、さらに追撃。

「でも安心してください!」

「私、修羅場慣れてるんで!」

「慣れなくていいから!!」

あかりのツッコミが炸裂する。

「え? だって前のバイト先、
 店長・副店長・常連さんで三角関係でしたし」

「比較対象が雑すぎる!」

亜理沙はケロッとして続ける。

「でもですね」

急に、真面目な顔。

「三角関係って、
 誰かが“選ばれない”って決まってる構図じゃないですか」

蓮の喉が、ひくりと鳴る。

「だから、曖昧なままが一番残酷ですよ」

その言葉に、あかりが息を呑む。

亜理沙は、あかりを見る。

「水無月さん」

「脚本家としてじゃなくて」

「一人の人として、どうしたいか」

「それ、ちゃんと考えた方がいいですよ」

空気を読まないようでいて、
核心だけは正確に突く。

「あ、ちなみに!」

急にテンションが戻る。

「私は恋愛事情あっても、全然芝居できますから!」

「むしろ、ドロドロしてた方が燃えます!」

「燃えなくていい!!」

あかりは頭を抱えた。

翔は肩をすくめる。

「ほら。現場はもう気づいてる」

「隠してるつもりなのは、当人だけ」

蓮は、静かに拳を握る。

(……逃げてるのは)

(俺だけか)

亜理沙は最後に、にこっと笑った。

「まあまあ!」

「恋も芝居も、命がけってことで!」

「今日も稽古、頑張りましょー!」

そう言って、何事もなかったように準備を始める。

残された三人。

沈黙。

だがさっきより、

確実に“逃げ場”は狭くなっていた。

地獄空気を、

ラブコメで粉砕した女──姫野亜理沙。

次に崩れるのは、

理性か、覚悟か。

それとも──

“待つ”という選択そのものか。