恋のリハーサルは本番です

翌日の稽古場。

朝のスタジオは、いつもより少しだけ騒がしかった。

新しい舞台の読み合わせが近づき、全体の空気も前向き──
の、はずだった。

ただ一ヶ所を除いて。

桜井蓮と、水無月あかりの間。

昨日まで自然に交わせていた視線が、
今日は、ほんの数ミリだけずれている。

「……おはようございます」

「あ、はい。おはようございます」

声は普通。

距離も、物理的には変わらない。

でも──
何かが決定的に違う。

(……気づいてる?)

(……気づかれてる?)

互いに、同じことを考えているのに、

どちらも踏み込まない。

その空気を──

「え?」

一瞬で破壊したのが、姫野亜理沙だった。

「……あれ?」

読み合わせ用の椅子に座りながら、

亜理沙は首をかしげる。

「今日、空気おかしくないですか?」

沈黙。

蓮が咳払いをし、あかりが台本をめくる音だけが響く。

「……そう?」

あかりが、できるだけ平静を装って返す。

「うん。おかしいです」

即答だった。

「だって、昨日まで──」

亜理沙は、何の悪気もなく続ける。

「桜井さん、あかりさんの方、めっちゃ見てたじゃないですか」

「──っ!」

蓮が、完全に噎せた。

「え、ちょ、亜理沙……!」

「あ、やっぱり?」

目を輝かせる。

「やっぱり“そう”ですよね?」

スタジオの空気が、凍る。

演出家・佐藤が資料を見ながら顔を上げた。

「……姫野。何の話だ?」

「三角関係です」

一秒。

二秒。

「は?」

全員の声が、綺麗に揃った。

「え、違うんですか?」

亜理沙は本気で不思議そうだ。

「だって──」

指を一本立てる。

「桜井さんは、あかりさんのこと好き」

蓮、即死。

「あかりさんは、仕事って言いながら桜井さん意識しまくり」

あかり、フリーズ。

「で、高峰さんは──」

亜理沙は、ちらりと翔の方を見る。

「余裕ぶってるけど、いちばん本気」

翔、薄く笑う。

「……観察力、怖いな」

「役者志望なので」

胸を張る亜理沙。

「人の感情、見るの得意なんです」

スタジオが、完全にざわつく。

「ちょっと待て!」

蓮が慌てて立ち上がる。

「それ、全部亜理沙の勘だろ!?」

「はい」

にっこり。

「でも、勘って当たるんですよ」

その一言が、

蓮の胸に、ぐさりと刺さった。

「……で」

亜理沙は、最後に爆弾を落とす。

「これ、誰も否定しないってことは」

ゆっくり、あかりを見る。

「三角関係ですよね?」

沈黙。

誰も、答えない。

否定できない。

言い訳もできない。

(……逃げ場、ない)

あかりは、視線を落とした。

(気づかないふり、もう無理だ)

蓮は、拳を握りしめる。

(俺は……待ってる場合じゃない)

翔だけが、静かに口を開いた。

「……姫野」

「はい?」

「正解」

その一言で、すべてが確定した。

「え、じゃあ」

亜理沙は、ぱっと笑う。

「面白くなってきましたね!」

「……面白くない」

三人同時に言った。

「えー?」

首を傾げて、亜理沙は言う。

「恋と芝居って、いちばん成長するじゃないですか」

無邪気で、残酷で、正論。

「逃げてる人から、負けますよ?」

蓮の胸が、強く跳ねた。

(……俺だ)

逃げてたのは。

“待つ”という言葉の後ろに隠れて。

亜理沙は、悪意ゼロで微笑む。

「さ、読み合わせ始めましょう?」

「感情、ちゃんと乗せてくださいね」

誰も笑えなかった。

でも──
もう、元には戻れない。

三角関係は、
全員に可視化された。