稽古場のロビーは、昼下がりの光が差し込んでいた。
次のシーンまで、ほんのわずかな空き時間。
あかりはノートパソコンを開いたまま、画面を見つめていた。
書き足したい台詞はある。
けれど、指は止まったままだ。
「……悩んでる顔だな」
不意にかけられた声に、あかりは顔を上げた。
高峰翔だった。
コーヒーを片手に、いつもの余裕のある笑みを浮かべている。
「そんな顔、桜井の前では見せないのに」
「……からかわないでください」
あかりは視線を戻そうとするが、翔は隣の椅子に腰を下ろした。
「からかってない。
脚本家が“書けない顔”してるの、俺は嫌いじゃない」
「変な趣味ですね」
「本気の証拠だから」
あかりは、少しだけ言葉に詰まる。
翔は舞台上では派手で、強気で、隙がない。
なのに今は、不思議なくらい落ち着いている。
「……翔さんって、いつも余裕ありますよね」
ぽろっと、零れてしまった本音。
翔は一瞬だけ目を細め、カップの縁を指でなぞった。
「余裕、ね」
そして、あっさりと言った。
「それ、勘違いだよ」
「え?」
「俺はね、逃げないって決めてるだけ」
あかりは思わず翔を見る。
「欲しいものがあったら、欲しいって言う。
勝ちたい相手がいたら、正面から殴りに行く」
さらりと言うが、その言葉は重かった。
「余裕があるように見えるのは、
迷ってる時間を、人より先に終わらせてるだけだ」
(……迷ってない、わけじゃないんだ)
翔はあかりの視線に気づき、少しだけ笑った。
「もちろん怖いよ。
でもさ」
翔は、あかりを真っ直ぐ見る。
「桜井みたいに“相手の立場”を理由に止まるより、
俺は嫌われる覚悟で踏み込む方を選ぶ」
その言葉に、胸がちくりと痛む。
(蓮さん……)
「誤解しないで。
俺はあいつを否定してるわけじゃない」
た翔は肩をすくめる。
「優しいんだよ、あいつは。
優しすぎて、自分を後回しにする」
少しだけ、声のトーンが変わった。
「でも、恋はさ。
待ってるうちに、終わることもある」
その言葉は、あかりの胸に深く刺さった。
「……翔さんは」
あかりは、意を決して聞いた。
「私のことも……ですか?」
翔は一瞬、驚いた顔をして、
それから、ゆっくりと笑った。
「当然」
即答だった。
「脚本家としても、一人の女性としても。
どっちも含めて、興味がある」
ドキリとする。
でも、不思議と嫌じゃない。
「でも」
翔は、あかりのノートパソコンに視線を落とした。
「今、あんたが見てるのは俺じゃない」
核心を突かれ、あかりは言葉を失う。
翔は立ち上がり、軽く背伸びをした。
「だから、今は踏み込まない。
それが俺の“余裕”」
振り返り、にっと笑う。
「ただし──
逃げ続けるなら、俺が攫うから覚悟しといて」
冗談めかした口調。
でも、目は本気だった。
翔が去ったあと、ロビーには静寂が残る。
あかりは、胸に手を当てる。
(……ずるい)
余裕の正体は、
自信じゃない。
強がりでもない。
“覚悟”だった。
そして──
(蓮さんは……)
あの人は、どんな覚悟で、あの言葉を言ったのだろう。
その問いが、
あかりの心を、もう一度大きく揺らした。
次のシーンまで、ほんのわずかな空き時間。
あかりはノートパソコンを開いたまま、画面を見つめていた。
書き足したい台詞はある。
けれど、指は止まったままだ。
「……悩んでる顔だな」
不意にかけられた声に、あかりは顔を上げた。
高峰翔だった。
コーヒーを片手に、いつもの余裕のある笑みを浮かべている。
「そんな顔、桜井の前では見せないのに」
「……からかわないでください」
あかりは視線を戻そうとするが、翔は隣の椅子に腰を下ろした。
「からかってない。
脚本家が“書けない顔”してるの、俺は嫌いじゃない」
「変な趣味ですね」
「本気の証拠だから」
あかりは、少しだけ言葉に詰まる。
翔は舞台上では派手で、強気で、隙がない。
なのに今は、不思議なくらい落ち着いている。
「……翔さんって、いつも余裕ありますよね」
ぽろっと、零れてしまった本音。
翔は一瞬だけ目を細め、カップの縁を指でなぞった。
「余裕、ね」
そして、あっさりと言った。
「それ、勘違いだよ」
「え?」
「俺はね、逃げないって決めてるだけ」
あかりは思わず翔を見る。
「欲しいものがあったら、欲しいって言う。
勝ちたい相手がいたら、正面から殴りに行く」
さらりと言うが、その言葉は重かった。
「余裕があるように見えるのは、
迷ってる時間を、人より先に終わらせてるだけだ」
(……迷ってない、わけじゃないんだ)
翔はあかりの視線に気づき、少しだけ笑った。
「もちろん怖いよ。
でもさ」
翔は、あかりを真っ直ぐ見る。
「桜井みたいに“相手の立場”を理由に止まるより、
俺は嫌われる覚悟で踏み込む方を選ぶ」
その言葉に、胸がちくりと痛む。
(蓮さん……)
「誤解しないで。
俺はあいつを否定してるわけじゃない」
た翔は肩をすくめる。
「優しいんだよ、あいつは。
優しすぎて、自分を後回しにする」
少しだけ、声のトーンが変わった。
「でも、恋はさ。
待ってるうちに、終わることもある」
その言葉は、あかりの胸に深く刺さった。
「……翔さんは」
あかりは、意を決して聞いた。
「私のことも……ですか?」
翔は一瞬、驚いた顔をして、
それから、ゆっくりと笑った。
「当然」
即答だった。
「脚本家としても、一人の女性としても。
どっちも含めて、興味がある」
ドキリとする。
でも、不思議と嫌じゃない。
「でも」
翔は、あかりのノートパソコンに視線を落とした。
「今、あんたが見てるのは俺じゃない」
核心を突かれ、あかりは言葉を失う。
翔は立ち上がり、軽く背伸びをした。
「だから、今は踏み込まない。
それが俺の“余裕”」
振り返り、にっと笑う。
「ただし──
逃げ続けるなら、俺が攫うから覚悟しといて」
冗談めかした口調。
でも、目は本気だった。
翔が去ったあと、ロビーには静寂が残る。
あかりは、胸に手を当てる。
(……ずるい)
余裕の正体は、
自信じゃない。
強がりでもない。
“覚悟”だった。
そして──
(蓮さんは……)
あの人は、どんな覚悟で、あの言葉を言ったのだろう。
その問いが、
あかりの心を、もう一度大きく揺らした。



