恋のリハーサルは本番です

夜は、思考を過剰に正直にする。

あかりはキーボードから指を離し、打ち込んだ一文を見つめたまま動けずにいた。

『ヒロインは、恋を自覚した瞬間、
 同時にそれを失う覚悟をする』

(……これ、私じゃない)

そう気づいた瞬間、胸の奥がひりついた。

書いたのは台詞。 けれど、これはもう「物語」じゃない。

(書けてしまった、ということは)

あかりはゆっくりノートパソコンを閉じた。

今日は、これ以上書けば壊れる。 脚本も、自分も。

一方、その頃。


◆ 桜井蓮のアパート

照明を落としたワンルーム。 ベッドの端に腰掛けたまま、蓮はスマホを手にしていた。

画面には、あかりの名前。 ──未送信のメッセージ。

『今日はお疲れさまでした』

それだけの文を、何度消しては打ち直したかわからない。

(……何やってんだ、俺)

舞台では、感情を抑えない演技ができるのに。

私生活になると、臆病になる。

「役者だから」 「脚本家だから」
その線を引いたのは、自分だ。

(でも)

脳裏に浮かぶのは、稽古場でノートパソコンに向かうあかりの横顔。 真剣で、少し無防備で。

(あの人の世界に、踏み込んでいいのか)

それが怖かった。

スマホを伏せ、蓮は天井を見つめる。

「……待つって、逃げじゃないよな」

誰にともなく呟く。



◆ 同じ夜、同じ月

あかりはベッドに横になりながら、目を閉じていた。

眠れない。 けれど、考えるのをやめる気もない。

(もし……)

もし、今、蓮から連絡が来たら。 たった一言でも。

(私は、どうするんだろう)

答えは、出ている。 だからこそ、怖い。

あかりは、枕に顔を埋めた。

「……ずるいな、役者さんは」

心の奥で、そう呟く。

演じることで、感情を外に出せる。 脚本家は、内側で抱え込むしかない。


◆ 夜明け前

二人とも、同じように眠れないまま。 同じ月を見上げることもなく、 同じ想いを抱えながら。

ただ一つだけ、確かなことがあった。

──もう、この恋は「リハーサル」じゃない。

誰かが告白しなくても。 触れなくても。

気づいてしまった時点で、 本番は、始まっている。