恋のリハーサルは本番です

翌日、稽古場。
朝から空気が、やけに騒がしい。

「おはようございまーす!!」
勢いよく扉を開けて入ってきたのは、
新ヒロイン・姫野亜理沙(23)。

「今日も元気いっぱい、恋も芝居も全力投球でいきますっ!」

誰も聞いていないのに、なぜかガッツポーズ。
蓮は思わず目を瞬かせた。

「……朝からすごいな」

「でしょ!?
だって主演と恋愛芝居ですよ?
テンション上がらないわけないじゃないですか!」

(恋愛芝居って言い切った……)

そのやり取りを、脚本家席から見ている水無月あかり。

(朝一番でそれ言う……?)

ノートパソコンを開く手が、わずかに止まる。

「桜井さん」

亜理沙が蓮の前にずいっと近づく。

「今日のラブシーン、昨日より距離縮めていいですか?」

「えっ」

「“恋してる感”が足りない気がするんですよね〜!」

あかりのキーボードが、カタッと音を立てた。

そこへ、高峰翔が腕を組んで現れる。

「……距離を縮める前に、演技の精度を上げた方がいいんじゃない?」

「出たー!クールぶりっ子先輩!」

「ぶりっ子は余計だ」

翔は蓮をちらりと見る。

「桜井、昨日より肩、固くない?」

「……そう?」

「緊張が全部、表に出てる」

蓮はムッとする。

「それ、翔に言われたくない」

「は? 俺の方が余裕あるけど?」

空気がピリつく。

「えっ、なになに?」

亜理沙が目を輝かせる。

「もしかして……」

「主演バチバチ案件ですか!?」

「違う」
「違わない」
蓮と翔が同時に言う。

「どっち!?」

ついに、あかりが口を開いた。

「……皆さん」

全員が振り返る。

「ここ、恋愛コメディじゃなくて、
 “繊細な感情のすれ違い”が主軸です」

「はい!」

亜理沙が即答。

「なので、ベタベタよりも──」

「じゃあ、“近づきたいのに近づけない”感じですね!」

「……話、聞いてました?」

「はい!多分!」

ラブシーンの立ち位置確認。

亜理沙が、わざとらしくつまずく。

「きゃっ!」

反射的に支える蓮。

顔が近い。

(近い!!)

「……桜井さん、いい匂いしますね」

「えっ!?」

翔が即座に割って入る。

「距離感!!」

「演技です!」

「演技にしては楽しそうだな!」

あかり、頭を抱える。

(……この舞台、大丈夫かな)

稽古が一段落したとき。

蓮が、あかりの横を通りながら小声で言った。

「……ごめん」

「?」

「多分、今日一日……」

一瞬、目が合う。

「騒がしくなりそう」

あかりは、思わず笑ってしまった。

「……そうですね」

その笑顔に、蓮の胸がきゅっとなる。

(あ、今の……)

亜理沙が遠くから叫ぶ。

「今の!今の空気!!
それです、それ!」

「次それやりましょー!!」

「やらない!!」