恋のリハーサルは本番です

稽古が終わり、劇場の灯りが一つずつ落とされていく。

出演者たちが帰っていく中、

桜井蓮は一人、舞台上に残っていた。

立ち位置のテープ。

照明の残像。

まだ、役の感情が抜けきらない。

(……主演って、こんなに静かなんだな)

「……まだ、残ってたんですね」

振り返ると、水無月あかりがいた。

ノートパソコンを抱え、少し気まずそうに立っている。

「台本の確認?」

「いえ……ただ、気になって」

言葉が途切れる。

二人の間に、妙な沈黙が落ちた。

以前なら、自然に話せた。

今は、何を言っても踏み込みすぎる気がする。

「今日の稽古」

蓮が先に口を開いた。

「正直、全然手応えなくて」

あかりは一瞬驚いた顔をする。

「……そう、見えなかったです」

「それが問題なんだと思う」

苦笑する。

「“ちゃんとしてる主演”でいるのは簡単だけど、
 それだけじゃ、舞台は生きないって言われて」

あかりは、視線を落とした。

(……私が書いた台詞、ちゃんと生きてる?)

「……蓮さん」

あかりは意を決したように言う。

「もし、ですけど」

「台本……苦しかったら、言ってください」

「書き直します」

その声は、脚本家としての責任。

でも、どこか震えていた。

蓮は、首を振る。

「違う」

一歩、距離を詰める。

「台本は、好きだよ」

あかりの心臓が、跳ねる。

「……ただ」

「好きだからこそ、ちゃんと応えたい」

「主演って」

蓮は舞台を見渡した。

「守られる立場だと思ってた」

「でも実際は、
 誰にも寄りかかれない場所なんだなって」

あかりは、思わず言った。

「……寄りかかっても、いいんじゃないですか」

しまった、と思う。

脚本家としては言い過ぎ。

でも、もう止まらなかった。

蓮は、静かにあかりを見る。

「水無月さんは……」

言いかけて、止める。

(聞いたら、壊れる気がする)

二人は並んで、劇場の出口へ向かう。

「明日も、稽古ですね」

「うん」

短い会話。

でも、その沈黙は、嫌じゃなかった。

扉の前で、蓮が足を止める。

「……ありがとう」

「今日、話せてよかった」

あかりは、小さく笑った。

「こちらこそ」

心の中で、台詞が溢れている。

──でも、それはまだ書かない。

夜風が、二人の間をすり抜ける。

近づいたようで、まだ遠い。

けれど確かに、
同じ舞台を見つめている。