恋のリハーサルは本番です

主演が発表された翌日。

稽古場の空気は、目に見えて変わっていた。
視線が集まる。

指示が飛ぶ。

求められる精度が、昨日までとは違う。

──すべてが、桜井蓮に向いている。

「はい、もう一回!」

演出家・佐藤の声が響く。

「蓮、そこ。感情を抑えすぎだ。
 “背負ってる”のは分かるけど、観客には伝わらない」

「……はい」

蓮は深く息を吸い、立ち位置に戻る。

(抑えるな?
 これ以上、どうやって……)

再び台詞。

声は安定している。

動きも正確。

──なのに。

「……違う」

佐藤が首を振る。

「技術は完璧だ。
 でも今の蓮は、“主演として正しい”だけで、
 “人として危うくない”」

その言葉に、稽古場が静まる。

翔が、少し離れた場所から蓮を見る。

何も言わないが、表情は鋭い。

短い休憩。

蓮は一人、舞台袖に腰を下ろした。

誰も、隣に来ない。

(……当然か)

主演は、気軽に弱音を吐けない。

誰かに寄りかかると、バランスが崩れる。

水を飲もうとして、手が少し震えていることに気づいた。

(緊張?
 それとも……孤独?)

その様子を、あかりは遠くから見ていた。

(……蓮さん)

声をかけたい。

でも、脚本家として、今の彼に近づくのは違う気がする。

(主演って、こんなに一人なんだ)

自分が書いた台詞。

その重さを、今になって突きつけられる。

休憩明け。

翔が、ふいに蓮の前に立った。

「……重そうだな」

蓮は顔を上げる。

「主演」

挑発でも、慰めでもない。

ただの事実として。

「でもさ」

翔は少し笑った。

「その重さ、抱えきれなくなったら──
 舞台の上で、俺が引っ張り上げる」
一瞬、蓮は言葉を失う。

「……それって、励まし?」

「宣戦布告」

即答だった。

二人の間に、火花が散る。

「じゃ、次。
 クライマックス前、通しでいくぞ!」

佐藤の声。

蓮は立ち上がる。

(逃げない。
 孤独でも、背負う)

スポットライトが当たる。

主演という椅子は、ひとり分しかない。

でも──

(この舞台で、俺は一人じゃない)

翔の視線。

あかりの沈黙。

すべてを受け止める覚悟を、胸に刻む。

幕は、まだ上がり続けている。