夜の劇場は、不思議と声を吸い込む。
稽古が終わり、照明が半分落とされた舞台袖。
あかりは台本を抱えたまま、客席を見下ろしていた。
「……まだ帰ってなかったんだ」
低い声。
振り返ると、翔が立っていた。
ジャケットを肩にかけ、舞台用の靴を脱いだまま。
「翔さん……?」
「少し、話せる?」
逃げ場のない距離じゃない。
でも、逃げる理由も見つからない距離だった。
客席に並んで腰を下ろす。
暗い中で、翔の横顔だけが浮かび上がる。
「……結果、どうなると思う?」
不意に投げられた質問。
「わかりません。でも……どちらが主演でも、おかしくないって」
翔は小さく笑った。
「だよな。
正直さ、俺、悔しいんだ。
二舞台連続主演、蓮。
評価も流れも、全部あいつに行ってる」
言い訳じゃない。
弱音でもない。
事実を噛みしめる声だった。
「でも……俺が負けたって、言えるほどの差はない。
だからこそ、舞台でも、恋でも……」
そこで言葉が止まる。
あかりは、続きを待った。
「……俺は、逃げない」
翔は真正面からあかりを見る。
「蓮が本気なら、俺も本気だ。
水無月さんを“譲る”気はない」
宣言。
でも、強引さはなかった。
「ただし……
選ぶのは、あかりちゃんだ」
名前を呼ばれた瞬間、胸が跳ねる。
沈黙が落ちる。
翔は一歩も近づかない。
「……俺、ロマンチックな台詞とか苦手だし、
感情を盛る芝居も得意じゃない」
自嘲気味な笑み。
「でも、舞台に立つ時だけは嘘つかない。
だから……」
一拍、呼吸。
「今は、これだけ言わせて。
俺は、あかりちゃんが好きだ」
告白。
でも、押しつけない。
「答えは、今じゃなくていい。
結果が出てからでもいいし、
舞台が終わってからでもいい」
立ち上がり、背を向ける。
「ただ……
俺が本気だってことだけ、覚えてて」
翔が去ったあと、
あかりはしばらく動けなかった。
(優しいのに、逃げ道を残されている。
それが、こんなに苦しいなんて)
胸の奥が、静かに熱を持つ。
舞台はまだ始まっていない。
でも、恋の幕は、確かに上がってしまった。
稽古が終わり、照明が半分落とされた舞台袖。
あかりは台本を抱えたまま、客席を見下ろしていた。
「……まだ帰ってなかったんだ」
低い声。
振り返ると、翔が立っていた。
ジャケットを肩にかけ、舞台用の靴を脱いだまま。
「翔さん……?」
「少し、話せる?」
逃げ場のない距離じゃない。
でも、逃げる理由も見つからない距離だった。
客席に並んで腰を下ろす。
暗い中で、翔の横顔だけが浮かび上がる。
「……結果、どうなると思う?」
不意に投げられた質問。
「わかりません。でも……どちらが主演でも、おかしくないって」
翔は小さく笑った。
「だよな。
正直さ、俺、悔しいんだ。
二舞台連続主演、蓮。
評価も流れも、全部あいつに行ってる」
言い訳じゃない。
弱音でもない。
事実を噛みしめる声だった。
「でも……俺が負けたって、言えるほどの差はない。
だからこそ、舞台でも、恋でも……」
そこで言葉が止まる。
あかりは、続きを待った。
「……俺は、逃げない」
翔は真正面からあかりを見る。
「蓮が本気なら、俺も本気だ。
水無月さんを“譲る”気はない」
宣言。
でも、強引さはなかった。
「ただし……
選ぶのは、あかりちゃんだ」
名前を呼ばれた瞬間、胸が跳ねる。
沈黙が落ちる。
翔は一歩も近づかない。
「……俺、ロマンチックな台詞とか苦手だし、
感情を盛る芝居も得意じゃない」
自嘲気味な笑み。
「でも、舞台に立つ時だけは嘘つかない。
だから……」
一拍、呼吸。
「今は、これだけ言わせて。
俺は、あかりちゃんが好きだ」
告白。
でも、押しつけない。
「答えは、今じゃなくていい。
結果が出てからでもいいし、
舞台が終わってからでもいい」
立ち上がり、背を向ける。
「ただ……
俺が本気だってことだけ、覚えてて」
翔が去ったあと、
あかりはしばらく動けなかった。
(優しいのに、逃げ道を残されている。
それが、こんなに苦しいなんて)
胸の奥が、静かに熱を持つ。
舞台はまだ始まっていない。
でも、恋の幕は、確かに上がってしまった。



