恋のリハーサルは本番です

稽古場は、普段よりも静かだった。

空気そのものが緊張しているようで、誰も余計な声を出さない。

中央に置かれた椅子。

そこに座る佐藤演出家が、台本を閉じて告げた。

佐藤「主演候補は二人。
桜井蓮と、高峰翔。
今日ここで、一度“芝居”で決着をつける。」

ざわつきかけた空気が、佐藤の一声で凍りつく。

佐藤「やるのは一場面。
新作舞台の感情の要──
“離れたいのに、離れられない二人の告白シーン”」

亜理沙が息をのみ、あかりはペンを握ったまま動かない。

先に名を呼ばれたのは──蓮。

佐藤「桜井。お前からだ。」

蓮は一度深呼吸し、亜理沙の前に立つ。

台本も見ない。視線の高さだけを合わせる。

蓮(劇中)「……行かないでくれ。
君がいなくなったら、俺はきっと──
舞台にも、心にも、立っていられない。」

声が震えていた。

だが、それは演技ではなく“本当の揺らぎ”だった。

客席側で見ていたあかりの胸が、きゅ、と締めつけられる。

(……これは反則だよ、蓮さん)

亜理沙の頬が赤くなる。

演技として返す声が、わずかに甘えるように震えた。

亜理沙(劇中)「そんな顔で引き止めないで……
嫌いになれなくなるじゃない……」

静かな拍手が起きる。

評価というより、呼吸が漏れたような拍手だった。

次に呼ばれたのは──翔。

佐藤「高峰、行け。」

翔は蓮とは違い、台本を片手に持ったまま。

だが、一言目と同時に紙が指から落ちる。

翔(劇中)「行くな、なんて言わない。
俺には……そんな資格、ないからな。」

低く、抑えつけた声。

蓮とは違う“選ばれなかった側の痛み”を引きずる台詞。

亜理沙が息を吸い込む。

翔は目を伏せたまま続ける。

翔(劇中)「ただ……
泣くなら、俺の前で泣けよ。
笑うなら、俺の隣で笑え。
そのくらいの願いは、持ってもいいだろう……?」

蓮とは違う。

“自分を引き下げた上で、それでも想う強さ”があった。

あかりの指先が震える。

(……このシーン、書き換えたほうがいいかもしれない)

(主演が誰になっても成立するように)

佐藤が立ち上がる。

佐藤「……よし。演出家としての評価は出た。
だが──今回はそれだけじゃ決めない。」

劇団責任者・神埼が、投票箱を置いた。

神埼「今回の主演は“劇団全員の選択”で決める。
キャストも、スタッフも、裏方も、全員だ。」

台本係、照明、音響、衣装。

全員が真剣な目を向ける。

神埼「主演にふさわしいと思うほうの名前を書け。
“技術”でも“相性”でも“覚悟”でもいい。
理由は問わない。」

沈黙が降りる。

ペンの音が、やけに大きく響いた。

亜理沙は震える手で一票を書く。

あかりは……目を閉じてから書いた。

蓮も翔も、自分の名前は書かない。

ただ前を向く。

最初で最後の、真っ直ぐなライバルとして。

佐藤「──発表は明日だ。」

蓮の拳が震えている。

翔は笑わない。だが、目だけは燃えていた。

そしてあかりは──心のどこかで祈ってしまった。

(……誰が選ばれても、今日の二人は嘘じゃない)