恋のリハーサルは本番です

 翌日の稽古場。



 空気はいつもより重い……いや、正確には妙に気合いが入っている男がひとりいた。



 高峰翔。



 蓮と亜理沙の“キス未遂シーン”の稽古を目撃して以来、彼は静かに燃えていたのだ。



 (桜井蓮があれだけ自然に距離縮められるなら……



 俺にだってできる。いや、俺の方ができる!)



 稽古開始直後、翔が手を挙げた。



「佐藤さん。シーン10、俺からやらせてください」



 演出家の佐藤は目を瞬かせる。



「……蓮のシーンだけど、代行でやるってこと?」



「ええ。“参考演技”として、やってみたいんです」



 翔は台本を持ち、まっすぐ姫野亜理沙の前へ。



 あかりは脚本をめくりながら、なんとなく嫌な予感がしていた。



 照明が仮に落とされ、二人の距離が縮まる。



「……泣くなよ。お前が泣くと、世界が美しく見えなくなる」



 出だしからポエム濃度120%。



 稽古場の隅で蓮が小さく咳き込む。



 亜理沙は戸惑いつつも台詞を返す。



「だ、だって……あなたが急にそんなこと言うから……」



「急じゃない。俺はずっと前から、お前の涙を拭うために生きてきた」



 重い、濃い、暑苦しい。  でも勢いだけは一流だ。



 そして翔は、両手で亜理沙の頬を包み込む仕草をした──



「ちょっ、翔さん!? 台本にそんな演出……っ」



「いいから。感じろ、俺の愛を!」



「感じません!!」



 稽古場に笑いが起こる。しかし翔は止まらない。



「桜井蓮が優しさで距離を縮めるなら……

 俺は情熱で、心を鷲掴みにする!」



「やめろその宣言型プロポーズみたいな演技!!」



 佐藤が慌ててストップをかける。



「翔!! お前は何の舞台をやってるつもりだ!? ジャンル変わってるぞ!!」



 翔はぜぇぜぇと肩で息をしながら、一言。



「……これが、俺の“本気”です」



 その言葉に、蓮の眉がぴくりと動いた。



「……あれで、亜理沙が落ちると思ってるのか」



「思ってない。落としてやるつもりだ」



 低い声で睨み合う二人に、亜理沙の心臓が跳ねた。



(やだ、何これ……

 私、恋愛ドラマのヒロインみたいじゃない)



 自分でも抑えられない高揚感が胸に満ちていく。



 一歩引いた位置で、あかりは静かにペンを握る。



(蓮の変化も、翔の想いも……演者の恋が、脚本より先に進もうとしてる)



 脚本家として、それは“困る”。



 でも一人の女としては──胸の奥が少し疼いた。



恋と舞台。主役はまだ、決まっていない。