恋のリハーサルは本番です

稽古が終わったあと、蓮は衣装を片付けるために楽屋へ戻った。

誰もいない静かな部屋。スポットライトを落とした照明だけが柔らかく灯る。

「……ふぅ。なんか今日は、いろいろ疲れたな」

台本のキスシーン、亜理沙の動揺、翔の意味深な視線。

考えたいことが山ほどある。

そこへ──

控えめに、しかし急ぐようなノック。

「桜井くん、入っていい?」

水無月あかりだった。

「あ、はい。どうぞ」

あかりは遠慮がちにドアを開け、

楽屋に入った瞬間──バタン、と扉が閉まった。

二人とも目を丸くする。

「あれ? えっ、ちょっと……開かない?」

あかりが取手を回そうとするが、ガチャリと虚しく音がするだけ。

蓮も後ろから手を伸ばすが──
まさかのロックされた状態。

「……閉じ込められた?」

「みたいですね……」

沈黙。

近い。

二人きり。

逃げ場なし。

心臓の音がうるさい。

「あ、あの……読んでおいてほしいところがあって」
あかりが台本を差し出すが、手が震えて触れてしまう。

「ごめん、手…」

「い、いえっ……っ!」

その一瞬の触れ合いで、二人とも肩がビクッと跳ねる。

あかりの指先が熱い。

蓮は呼吸を整えながら言葉を探す。

「……その、未遂でいいって、言ってましたよね。キスシーン」

あかりは視線を落とし、台本の角をぎゅっと握る。

「役としては、未遂でいいの。
でも──気持ちまで未遂にしたいわけじゃない、かも」

蓮 「……え?」

あかり 「桜井くんの気持ちを、勝手に怖がったのは私。
近づいたら、壊れる気がしたから」

蓮は息を飲んだ。

逃げていたのは、実は自分の方だったかもしれない。

「あの時……手を取ってくれたの、嬉しかったよ。
稽古なのに、ちゃんと“私を”見てくれて」

その言葉に胸が熱くなる。

(ちゃんと届いてたんだ……)

蓮は一歩、踏み出そうとした──

その瞬間、ドアの向こうから声が響いた。

亜理沙 「あ、あのっ!蓮さんと水無月さん、閉じ込められてるんですかぁ!?」

翔 「ふぅん、いいじゃん。密室で距離縮めれば?」

佐藤 「お前は煽るな」

神埼 「鍵、業者呼ぶから待ってろ」
中の二人は顔を真っ赤にする。

亜理沙 「ち、ちなみに今……どれくらい近いです!?」

翔 「たぶん30センチ」

亜理沙 「ひいいいいい近いぃぃぃ!!」

あかり
「ち、近くは……その……っ」


「ちょ、ちょっと静かにしてくださーーい!!」

修羅場・密室・ドキドキ120%

完全にコメディなのに、心だけは本気で揺れていた。

業者が来るまであと数分。

この距離も、この沈黙も、一生の中で一度だけかもしれない。

蓮は、そっと言う。

「……逃げないでください。
ちゃんと、向き合いたいんです」

あかりの瞳が揺れる。

「……向き合うの、怖いのに」

「俺も怖いです。でも……それでも、そばにいたい」

言葉は触れない距離まで近づき、 触れたら壊れる温度になる。

キスじゃない。

でも、気持ちが触れた瞬間だった。