恋のリハーサルは本番です

読み合わせ休憩中。

亜理沙は相変わらず真っ赤な顔で台本を胸に抱え、落ち着かない様子でうろうろしている。

蓮は、その様子を横目で見ながら溜息をついた。

「……大丈夫かな、あの子」

「大丈夫じゃなさそうねぇ。でも、可愛いじゃない」

隣で声をかけてきたのは──脚本家・水無月あかり。

あかりは演技用の台本ではなく、原稿用紙の束を腕に抱え、観察ノートに走り書きをしている。

「脚本家って、役者をからかうのも仕事?」

「まさか。私は観測者。からかうのは趣味」

「趣味のほうがタチ悪くない!?」

あかりは小さく笑う。

「でも、桜井くん。あなたもまんざらじゃない顔してる」

「してないって」

「じゃあ聞くけど。亜理沙ちゃんに抱き寄せたとき、指が震えてたのはどうして?」

蓮は言葉につまる。

その沈黙に、あかりの瞳が柔らかく揺れた。

「脚本ではね、ヒーローはヒロインの手を迷わず取る。でも」

あかりは蓮を見上げる。

「“迷うヒーロー”を書いたのは、きっと私自身なの」

その声には、強がりの奥にほんの少しの寂しさがあった。

蓮は一瞬だけ、胸が締めつけられるのを感じる。

「……あかりさんは、迷わないの?」

「迷うわよ。脚本家だって、恋の答えは推敲中だから」

笑ってみせるけど──

その笑顔はどこか、痛い。


「さ、桜井さーん!あのっ……稽古の続き、お願いしますっ!」

ぜんぶ聞いていたわけじゃない。

でも、今にも泣きそうなくらい、不安と期待が

混ざった表情。

蓮は息を吸う。

「……行こう。逃げないから」

「はいっ!」

亜理沙が蓮に駆け寄った、その瞬間。

バサッ

あかりの抱えていた原稿が手から落ちる。

蓮が反射的に拾おうと身を屈めると──
指先が、あかりと触れた。

ほんの一瞬。

だけど、亜理沙がすぐそばで見ているのに、離れられないほど長く感じた。

あかり

「……桜井くん。答えは舞台の中で出して。
現実から逃げないで」

そう言って原稿を引き寄せると、背中を向けた。

蓮の胸に、また新しい火種が落ちる。