恋のリハーサルは本番です

稽古場の扉が開き、空気が少し変わった。

「ひ、姫野亜理沙です!よろしくお願いしますっ!」

新ヒロイン・亜理沙は、両手で台本をぎゅっと抱きしめたまま頭を下げる。

緊張しすぎて、礼が深すぎて前転しそうな勢いだ。

「そんなに硬くならなくていいよ。ここは戦場だけど、死にはしないから」

演出家・佐藤が笑うと、蓮は肩をすくめる。

(……いや、心は時々死ぬんだよな。特に恋愛絡みで)

蓮がそんな内心を抱いていると、隣で高峰翔がぽつり。

「桜井、お前。今日なんか浮ついてない?」

「は?浮ついてねえよ」

「新ヒロインが可愛いからって、舞台も心も落とすなよ?」

「落とさねえよ!」

からかわれていると、亜理沙が蓮の前に来て、ぎこちなく微笑む。

「さ、桜井さんっ。お、お手柔らかにお願いします……!」

「俺は噛みついたりしないよ」

「い、いやその、役的には……抱きしめたり……しますよねっ!?」

「声が大きい」

読み合わせ前から稽古場がざわつく。

脚本の恋愛クライマックスシーン。

蓮が台詞を読むと、亜理沙の肩がびくっ。

蓮(台詞)「君を守るって決めた。嘘じゃない」

亜理沙が、蓮の目を見つめる。

その瞳には、演技以上の戸惑いと…少しのときめきが混ざっていた。

亜理沙(台詞)「わ、私……信じて、いいんでしょうか……?」

思いのほか感情が乗っていて、蓮は一瞬言葉に詰まる。

(……うまい。緊張してるのに、まっすぐ届く声だ)

演出家・佐藤が小さく頷く。

「姫野、そのまま行こう。それ、役に合ってる」


続く指示が出る。

「桜井、抱き寄せる動き入れて」

「今この段階で!?」

「本番でやるんだ、やっとけ」

蓮が亜理沙の腰に手を回すと──

亜理沙「ひゃわああああっ!?」

台本が宙に飛んだ。

部屋が静まり返る。

次の瞬間、水無月あかりが腹を抱えて爆笑した。

「ひゃわあああって!新ヒロイン可愛すぎでしょ!」

高峰翔はニヤニヤしながら蓮の肩を小突く。

「浮ついてるのはお前じゃなくて、あっちだったか」

蓮は耳まで赤くなりながら台本を拾い上げる。

「……慣れれば平気になるから」
「む、無理ですぅぅぅぅぅ……でも頑張りますぅ……っ」

その瞬間だった。

扉の外から、小さな気配。

視線を向けると──椎名美咲が立っていた。

「……おめでとう、亜理沙ちゃん。ヒロイン、似合ってる」

美咲は微笑んだ。

少し寂しそうで、でも温かい笑顔だった。

蓮の胸が、ぎゅっと痛む。

蓮(心の声)
選ばれる人も、選ばない人も。それぞれが前に進んでる。

じゃあ俺は──どっちへ向かうんだ?