恋のリハーサルは本番です

舞台稽古・三日目。

今日はついに立ち稽古。

つまり──

動く。近づく。ぶつかる。

ラブコメ事故の宝庫である。

「じゃあ、このシーンから」

演出家・佐藤が指示を出す。

「ヒロインが転びそうになって、主人公が支える。
 はい、ベタだけど大事なとこ」

「ベタ最高ですよね!」

姫野亜理沙が目を輝かせる。

「……」

蓮は嫌な予感しかしなかった。

「じゃあ、いきます!」

姫野が一歩踏み出し──

「きゃっ!」

予想の三倍くらい派手に転びかけた。

「うわっ!?」

反射的に支える蓮。

結果。

・姫野 → 完全に抱きつく

・蓮 → バランス崩す

・二人 → 床に倒れ込む

しかも上下逆。

「…………」

稽古場が静まり返る。

「……桜井」

佐藤が低い声で言う。

「それ、支える通り越して事故だな」

「ち、違っ……!」

姫野は顔を赤くしている。

「す、すみません! 思ったより前に出ちゃって!」

「い、いえ……」

蓮は動けない。

なぜなら──

視界の端。

水無月あかりが、完全に固まっていた。

ノートもペンも落としたまま。

(あ……これ、まずいやつだ)

蓮が起き上がろうとすると、

「……そのまま」

あかりの声。

低い。静か。

でも、なぜか逆らえない。

「姿勢、今のままでいいです」

「え?」

「台詞、言ってください」

佐藤が一瞬驚き、にやっと笑う。

「……いいね。
 じゃあ、台詞入れようか」

(この状態で!?)

蓮(役として)、息を整える。

「……大丈夫か」

姫野(役として)、見上げる。

「……ありがとう。
 あなたがいなかったら、きっと──」

一瞬、間が空く。

その隙間に、

蓮の素の声が混じる。

「……離したくない」

稽古場がざわつく。

「……台本にないぞ?」

翔が小声で言う。

あかりは、目を見開いたまま動かない。

姫野も、一瞬完全に素に戻る。

「……え?」

「あっ、いや! 今のは──」

「そのまま続けて」

あかりが言った。

「……今の台詞」

一拍。

「悪く、ないです」

稽古終了後。

廊下で──

「桜井さん!」

姫野が小走りで来る。

「さっきの台詞……アドリブですよね?」

「はい、すみません!」

「でも……」

にこっと笑う。

「ドキッとしました」

「!?」

そこへ翔が通りかかる。

「へぇ?」

「ち、違いますから!」

そのさらに後ろ。

あかりが、完全に聞いていた。

「……」

無言で踵を返す。

「水無月さん!?」

「先に戻ります」

声は冷静。

でも。

歩幅が明らかに速い。

蓮は、考える前に走っていた。

「水無月さん!」

階段の踊り場で追いつく。

「……何ですか」

「さっきの、聞こえてました?」

「ええ」

「誤解です」

即答。

「俺、ああいうこと言うつもりじゃ……」

あかりは、少しだけ黙る。

そして。

「……役者として、ですよね」

「……はい」

一瞬の沈黙。

そのあと、小さく息を吐く。

「……なら、いいです」

(……なら?)

蓮の心臓が跳ねる。

「水無月さん」

「?」

「俺が……
 役じゃなかったら?」

言った瞬間、後悔した。

でも。

あかりは逃げなかった。

少しだけ、視線を逸らし。

「……その台詞は」

ぽつりと。

「舞台が終わってから、聞きます」