読み合わせ二日目。
昨日の緊張が少しだけ抜け、稽古場には微妙に
和やかな空気が漂っていた。
……はず、だった。
「桜井さん、そこ台詞ちょっと早すぎません?」
「えっ、そう?」
「感情、まだ追いついてない感じします」
姫野亜理沙が、ずいっと蓮に近づく。
「……あの、姫野さん?」
「もっと近い距離のシーンですよね?
実際に近づいたほうが分かりやすいかなって!」
そう言って、
顔が近い。かなり近い。
「ち、近っ……!」
蓮は反射的に後ずさりし、椅子に膝をぶつける。
「痛っ!」
「あっ! ご、ごめんなさい!」
姫野が慌てて手を伸ばし──
その瞬間。
「……何してるんですか」
冷静(に見える)声が、稽古場に落ちた。
水無月あかりだった。
ノートパソコンを抱えたまま、
明らかに目だけが冷えている。
「距離感の確認、ですよね?」
「……読み合わせは、座ったままで十分です」
「えっ、でもリアルな感覚も――」
「台詞のニュアンスは、言葉で詰めてください」
ぴしっと言い切る。
(……あれ?)
蓮は違和感を覚える。
(あかりさん、ちょっと……怒ってる?)
「まあまあ」
演出家・佐藤が苦笑する。
「姫野、気持ちは分かるけどな」
「はい……」
「桜井、逃げすぎ」
「えっ!?」
「ヒロインに近づかれたくらいで固まるな」
稽古場がどっと笑う。
蓮は顔が真っ赤だ。
「ち、違います! 役的に距離が……!」
「はいはい」
佐藤は肩をすくめる。
「じゃあ次。
桜井、ヒロインを見る。
姫野、見つめ返す。
距離は……50センチ」
「50センチ!?」
「逃げたらやり直しな」
(拷問だ……!)
その様子を、客席後方から見ている人物が二人。
一人は高峰翔。
もう一人は──
「……」
あかり。
無意識に、
ノートパソコンのキーボードを強く叩いている。
(なんで私、こんなに集中できないの……)
翔が、くすっと笑う。
「センセ、分かりやすい」
「な、何がですか」
「嫉妬」
「してません!」
即答。
早すぎる。
翔は楽しそうだ。
「脚本家は、役者を信用しないと」
「信用してます!」
「じゃあ、睨むのやめようか」
「……睨んでません」
明らかに睨んでいた。
読み合わせ終了後。
蓮が台本を抱えていると、あかりが近づいてくる。
「蓮さん」
「は、はい」
「……さっきのシーン」
一瞬、言葉を探す。
「……悪くなかったです」
蓮は目を見開く。
「えっ」
「ただし」
ぴしっと指を立てる。
「役として、ですから」
「……」
その一言で、なぜか胸が軽くなる。
「ありがとうございます」
自然に、笑顔が出た。
あかりは少しだけ目を逸らし、
「……調子、崩さないでください」
と、そっけなく言った。
(あかりさん……)
その背中を見送りながら、蓮は思う。
(やっぱり、気にしてるよね……俺のこと)
帰り際。
翔が、蓮の肩にぽんと手を置く。
「桜井」
「はい?」
「お前、ヒロイン増えるたびに挙動不審になるな」
「なってません!」
「じゃあ聞くけど」
翔は、あかりの背中をちらっと見る。
「今、一番近づかれたら困るの誰?」
蓮は即答できなかった。
──それが答えだった。
翔は満足そうに笑う。
「ラブコメの主人公、向いてるよ」
「やめてください!」
昨日の緊張が少しだけ抜け、稽古場には微妙に
和やかな空気が漂っていた。
……はず、だった。
「桜井さん、そこ台詞ちょっと早すぎません?」
「えっ、そう?」
「感情、まだ追いついてない感じします」
姫野亜理沙が、ずいっと蓮に近づく。
「……あの、姫野さん?」
「もっと近い距離のシーンですよね?
実際に近づいたほうが分かりやすいかなって!」
そう言って、
顔が近い。かなり近い。
「ち、近っ……!」
蓮は反射的に後ずさりし、椅子に膝をぶつける。
「痛っ!」
「あっ! ご、ごめんなさい!」
姫野が慌てて手を伸ばし──
その瞬間。
「……何してるんですか」
冷静(に見える)声が、稽古場に落ちた。
水無月あかりだった。
ノートパソコンを抱えたまま、
明らかに目だけが冷えている。
「距離感の確認、ですよね?」
「……読み合わせは、座ったままで十分です」
「えっ、でもリアルな感覚も――」
「台詞のニュアンスは、言葉で詰めてください」
ぴしっと言い切る。
(……あれ?)
蓮は違和感を覚える。
(あかりさん、ちょっと……怒ってる?)
「まあまあ」
演出家・佐藤が苦笑する。
「姫野、気持ちは分かるけどな」
「はい……」
「桜井、逃げすぎ」
「えっ!?」
「ヒロインに近づかれたくらいで固まるな」
稽古場がどっと笑う。
蓮は顔が真っ赤だ。
「ち、違います! 役的に距離が……!」
「はいはい」
佐藤は肩をすくめる。
「じゃあ次。
桜井、ヒロインを見る。
姫野、見つめ返す。
距離は……50センチ」
「50センチ!?」
「逃げたらやり直しな」
(拷問だ……!)
その様子を、客席後方から見ている人物が二人。
一人は高峰翔。
もう一人は──
「……」
あかり。
無意識に、
ノートパソコンのキーボードを強く叩いている。
(なんで私、こんなに集中できないの……)
翔が、くすっと笑う。
「センセ、分かりやすい」
「な、何がですか」
「嫉妬」
「してません!」
即答。
早すぎる。
翔は楽しそうだ。
「脚本家は、役者を信用しないと」
「信用してます!」
「じゃあ、睨むのやめようか」
「……睨んでません」
明らかに睨んでいた。
読み合わせ終了後。
蓮が台本を抱えていると、あかりが近づいてくる。
「蓮さん」
「は、はい」
「……さっきのシーン」
一瞬、言葉を探す。
「……悪くなかったです」
蓮は目を見開く。
「えっ」
「ただし」
ぴしっと指を立てる。
「役として、ですから」
「……」
その一言で、なぜか胸が軽くなる。
「ありがとうございます」
自然に、笑顔が出た。
あかりは少しだけ目を逸らし、
「……調子、崩さないでください」
と、そっけなく言った。
(あかりさん……)
その背中を見送りながら、蓮は思う。
(やっぱり、気にしてるよね……俺のこと)
帰り際。
翔が、蓮の肩にぽんと手を置く。
「桜井」
「はい?」
「お前、ヒロイン増えるたびに挙動不審になるな」
「なってません!」
「じゃあ聞くけど」
翔は、あかりの背中をちらっと見る。
「今、一番近づかれたら困るの誰?」
蓮は即答できなかった。
──それが答えだった。
翔は満足そうに笑う。
「ラブコメの主人公、向いてるよ」
「やめてください!」



