夜の街は、舞台よりもずっと静かだった。
ネオンの光は照明ほど強くなく、
誰も拍手をしてくれない。
けれど、その分──嘘がつけない。
あかりは、部屋の机に向かっていた。
ノートパソコンを開いてはいるが、
画面は白いままだ。
(……書けない)
正確には、
“書きたくない”。
言葉にしてしまえば、
もう後戻りできない気がした。
脚本家として、
感情を物語に落とし込むことには慣れている。
でもこれは──
物語じゃない。
自分自身のことだから。
不意に、スマートフォンが震えた。
「……高峰さん?」
『こんばんは。今、大丈夫?』
相変わらず落ち着いた声。
舞台の上でも、外でも変わらない。
「はい。少しなら」
『よかった。
舞台が終わってから、ちゃんと話せてなかったから』
あかりは、息を整える。
『……桜井のこと、だろ?』
核心を突く言葉に、
あかりは苦笑した。
「分かりやすすぎます?」
『分かりやすいよ。
本気になった人間は、みんな同じ顔する』
少しの沈黙。
『俺はさ、あかり』
翔の声が、少しだけ低くなる。
『“選ばれなかった”としても、
後悔しない恋しか、しない主義なんだ』
その言葉は、重くも、優しかった。
『だから、急がせない。
でも……逃げるのだけは、やめろよ』
電話越しに、強い眼差しが浮かぶ。
「……ありがとうございます」
『脚本家なんだろ?
なら、自分の人生くらい
一番いいセリフ、選べ』
通話が切れる。
あかりは、しばらくその場から動けなかった。
一方、蓮は誰もいない稽古場にいた。
照明も落ち、
舞台は影の中に沈んでいる。
(……終わったんだよな)
舞台も、
リハーサルという名の関係も。
それなのに、
胸の奥はまだ、騒がしい。
「……待つって、簡単じゃないな」
ぽつりと呟く。
美咲の涙。
翔の視線。
そして、あかりの迷い。
全部を知っているからこそ、
動けなくなっていた。
(でも)
蓮は、拳を握る。
(俺は、もう逃げない)
舞台の中央に立ち、
誰もいない客席に向かって、
静かに声を出した。
「……好きです」
セリフじゃない。
演技でもない。
ただの、本音。
その言葉は、
誰にも聞かれなくても、
確かに胸に残った。
深夜。
あかりは、ようやくキーボードに指を置いた。
新しいファイルを開く。
タイトル欄に、
ゆっくりと文字を打つ。
『恋のリハーサルは本番です』
──でも。
サブタイトルに、
そっと付け足した。
『After Story』
(……これは、舞台の続きじゃない)
(私の、人生の話)
画面に、最初の一文が浮かぶ。
『台本のない朝、
私は初めて、自分の気持ちを選んだ』
あかりは、静かに微笑んだ。
ネオンの光は照明ほど強くなく、
誰も拍手をしてくれない。
けれど、その分──嘘がつけない。
あかりは、部屋の机に向かっていた。
ノートパソコンを開いてはいるが、
画面は白いままだ。
(……書けない)
正確には、
“書きたくない”。
言葉にしてしまえば、
もう後戻りできない気がした。
脚本家として、
感情を物語に落とし込むことには慣れている。
でもこれは──
物語じゃない。
自分自身のことだから。
不意に、スマートフォンが震えた。
「……高峰さん?」
『こんばんは。今、大丈夫?』
相変わらず落ち着いた声。
舞台の上でも、外でも変わらない。
「はい。少しなら」
『よかった。
舞台が終わってから、ちゃんと話せてなかったから』
あかりは、息を整える。
『……桜井のこと、だろ?』
核心を突く言葉に、
あかりは苦笑した。
「分かりやすすぎます?」
『分かりやすいよ。
本気になった人間は、みんな同じ顔する』
少しの沈黙。
『俺はさ、あかり』
翔の声が、少しだけ低くなる。
『“選ばれなかった”としても、
後悔しない恋しか、しない主義なんだ』
その言葉は、重くも、優しかった。
『だから、急がせない。
でも……逃げるのだけは、やめろよ』
電話越しに、強い眼差しが浮かぶ。
「……ありがとうございます」
『脚本家なんだろ?
なら、自分の人生くらい
一番いいセリフ、選べ』
通話が切れる。
あかりは、しばらくその場から動けなかった。
一方、蓮は誰もいない稽古場にいた。
照明も落ち、
舞台は影の中に沈んでいる。
(……終わったんだよな)
舞台も、
リハーサルという名の関係も。
それなのに、
胸の奥はまだ、騒がしい。
「……待つって、簡単じゃないな」
ぽつりと呟く。
美咲の涙。
翔の視線。
そして、あかりの迷い。
全部を知っているからこそ、
動けなくなっていた。
(でも)
蓮は、拳を握る。
(俺は、もう逃げない)
舞台の中央に立ち、
誰もいない客席に向かって、
静かに声を出した。
「……好きです」
セリフじゃない。
演技でもない。
ただの、本音。
その言葉は、
誰にも聞かれなくても、
確かに胸に残った。
深夜。
あかりは、ようやくキーボードに指を置いた。
新しいファイルを開く。
タイトル欄に、
ゆっくりと文字を打つ。
『恋のリハーサルは本番です』
──でも。
サブタイトルに、
そっと付け足した。
『After Story』
(……これは、舞台の続きじゃない)
(私の、人生の話)
画面に、最初の一文が浮かぶ。
『台本のない朝、
私は初めて、自分の気持ちを選んだ』
あかりは、静かに微笑んだ。



