人生は舞台だと、よく言われる。

シェイクスピアも、そう書いた。「この世は舞台、人はみな役者」と。

でも、誰も教えてくれなかった。この舞台には、リハーサルなんて存在しないということを。

舞台には台本がある。セリフがある。演出家がいて、共演者がいて、何度も何度も練習する。失敗したら、やり直せばいい。次はもっと上手くやろうと、誓えばいい。

でも、人生は違う。

一度きりの本番。失敗したら、笑われるか、後悔するか。成功したら、拍手喝采。でも、その拍手も一瞬で消える。

やり直しは効かない。巻き戻しボタンは存在しない。

だから僕は、怖かった。

二十三歳の春。初めての主演を任された時、僕の手は震えていた。

失敗したらどうしよう。観客に笑われたらどうしよう。演出家に失望されたらどうしよう。

僕は完璧主義者だった。いや、臆病者だった。

だから、何度も何度もリハーサルした。台本を読み込んで、セリフを覚えて、動きを確認して。

準備だけは完璧にしようと決めた。

せめて演劇の舞台だけは、完璧にリハーサルしようと。

でも――

彼女との出会いは、そんな僕の計画を根底から覆すことになる。

水無月あかり。

二十二歳の新人脚本家。明るくて、天真爛漫で、僕とは正反対の人。

彼女は言った。

「恋愛のリサーチをしましょう」

恋愛経験がない僕のために、彼女が「恋人役」を演じてくれるという。

デートして、手を繋いで、恋人同士のように過ごす。

それは演技。練習。リハーサル。

少なくとも、最初はそのはずだった。

でも──気づいてしまった。

手を繋ぐたびに、心臓が跳ねる。

笑顔を見るたびに、胸が温かくなる。

名前を呼ぶたびに、声が震える。

これは、演技なんかじゃない。

本物の、恋。

そして、恋には台本がない。セリフもない。演出家もいない。

何度練習しても、完璧になんてなれない。

だって、恋は──

リハーサルのない、ぶっつけ本番だから。

僕は、その事実に気づいた時、初めて理解した。

人生という舞台で一番大切なのは、完璧なリハーサルじゃない。

不完全でも、不器用でも、本気で飛び込む勇気。

それが、本番を生きるということ。

だから、僕は決めた。

彼女に、本当の気持ちを伝えよう。

たとえ失敗しても。たとえ笑われても。

これは、僕の人生という舞台の、最大の見せ場なのだから。

──でも、まだその時、僕は知らなかった。

彼女もまた、同じ気持ちで震えていたことを。

これは、僕たちの物語。

不器用な二人が、リハーサルという名の恋をして、本番という名の愛に気づく物語。

ありふれた、でも、かけがえのないラブストーリー。

幕が上がる。

観客は、君だけだ。