放課後の校舎に、かすかな鐘の音が響いた。
夕暮れの光が廊下の床を金色に染め、
生徒たちの笑い声が次第に遠ざかっていく。
瑠奈は教室の窓辺に立っていた。
指先でガラスをなぞり、
その向こうに沈む太陽をぼんやりと見つめる。
昨日、麗華に言われた言葉が頭から離れなかった。
「黙っていることで、誰かを動かしてる」
(……そんなこと、してるつもりないのに)
でも心のどこかで、反論できなかった。
確かに、自分は何も言わなかった。
泣いた理由も、想いも、誰にも伝えていない。
そのとき、ドアが開いた。
「桐山」
悠真だった。
制服の袖をまくり上げ、少し息を弾ませている。
「ここにいたんだ。ずっと探してた」
「……どうしたの?」
「これ」
彼は小さな紙袋を差し出した。
中には、桜の花を模したキーホルダーが入っている。
「文化祭の時に買ってたろ? 落としたの、拾ったんだ」
「あ……ありがとう」
瑠奈は袋を受け取りながら、俯いた。
その瞬間、扉の向こうからもうひとつの声が響いた。
「悠真くん」
麗華だった。
少し慌てた様子で駆け寄ってくる。
「さっき言ってた件、やっぱり急ぎで話したいの」
「今?」
「うん、資料室で」
「わかった。すぐ行く」
その会話を、瑠奈はただ黙って聞いていた。
悠真がこちらに振り向き、何か言いかける。
「桐山――」
「行って。待たせたら悪いから」
微笑んで言うと、悠真は一瞬ためらい、
「……ごめん」とだけ残して去っていった。
閉まった扉の音が、胸の奥に沈む。
(やっぱり……私は、何も言えない)
数分後。
静まり返った教室に、携帯の着信音が鳴った。
画面には“西園寺拓也”の文字。
『外にいる。少し話せる?』
瑠奈はゆっくり立ち上がり、傘を手に取った。
中庭。
陽が沈みかけ、薄暗い空が広がる。
拓也は傘を持たずに立っていた。
肩に雨のしずくが落ちている。
「風邪ひくよ」
「平気。少しだけ話したくて」
「なに?」
彼は一歩近づき、まっすぐに見つめた。
「……俺、ずっと見てた。
お前が泣いても、笑っても、あいつを想ってるのを」
瑠奈は息を呑んだ。
「でもさ――そろそろ自分を大事にしてもいいんじゃないか?」
「……どういう意味?」
「悠真は、お前の気持ちに気づいてない。
いや、気づいても、まだ“向き合う覚悟”がないんだ」
風が木の葉を揺らす。
小さな雨粒が頬に落ちた。
「俺なら、もう手を離さない」
拓也の声は真っすぐで、どこまでも静かだった。
そのとき、校舎の影から足音が聞こえた。
傘を差した悠真が立っていた。
「……桐山、今の話」
「悠真くん……?」
「そういうことだったんだな」
低く抑えた声。
目の奥に、かすかな失望の色が宿っていた。
「違うの。拓也くんは――」
「もういい」
悠真は傘を差し出さず、そのまま背を向けた。
瑠奈の手が、宙で止まる。
追いかけようとした一歩が、どうしても出なかった。
雨が再び降り出す。
拓也は黙って傘を広げ、瑠奈の肩に差しかけた。
「行こう」
「……うん」
その背中を見つめながら、瑠奈は小さく呟いた。
「私、また黙ってた……」
言葉を飲み込むたびに、
大切な何かが指の間からこぼれていく。
その夜、机の上の日記帳を開く。
《あの時、“約束”って言葉を思い出した。
けど、言えなかった。
あの沈黙が、すべてを壊してしまった気がする》
ペンの先が滲み、文字が揺れる。
窓の外では、まだ雨が降り続いていた。
まるで、止まらない後悔のように。
夕暮れの光が廊下の床を金色に染め、
生徒たちの笑い声が次第に遠ざかっていく。
瑠奈は教室の窓辺に立っていた。
指先でガラスをなぞり、
その向こうに沈む太陽をぼんやりと見つめる。
昨日、麗華に言われた言葉が頭から離れなかった。
「黙っていることで、誰かを動かしてる」
(……そんなこと、してるつもりないのに)
でも心のどこかで、反論できなかった。
確かに、自分は何も言わなかった。
泣いた理由も、想いも、誰にも伝えていない。
そのとき、ドアが開いた。
「桐山」
悠真だった。
制服の袖をまくり上げ、少し息を弾ませている。
「ここにいたんだ。ずっと探してた」
「……どうしたの?」
「これ」
彼は小さな紙袋を差し出した。
中には、桜の花を模したキーホルダーが入っている。
「文化祭の時に買ってたろ? 落としたの、拾ったんだ」
「あ……ありがとう」
瑠奈は袋を受け取りながら、俯いた。
その瞬間、扉の向こうからもうひとつの声が響いた。
「悠真くん」
麗華だった。
少し慌てた様子で駆け寄ってくる。
「さっき言ってた件、やっぱり急ぎで話したいの」
「今?」
「うん、資料室で」
「わかった。すぐ行く」
その会話を、瑠奈はただ黙って聞いていた。
悠真がこちらに振り向き、何か言いかける。
「桐山――」
「行って。待たせたら悪いから」
微笑んで言うと、悠真は一瞬ためらい、
「……ごめん」とだけ残して去っていった。
閉まった扉の音が、胸の奥に沈む。
(やっぱり……私は、何も言えない)
数分後。
静まり返った教室に、携帯の着信音が鳴った。
画面には“西園寺拓也”の文字。
『外にいる。少し話せる?』
瑠奈はゆっくり立ち上がり、傘を手に取った。
中庭。
陽が沈みかけ、薄暗い空が広がる。
拓也は傘を持たずに立っていた。
肩に雨のしずくが落ちている。
「風邪ひくよ」
「平気。少しだけ話したくて」
「なに?」
彼は一歩近づき、まっすぐに見つめた。
「……俺、ずっと見てた。
お前が泣いても、笑っても、あいつを想ってるのを」
瑠奈は息を呑んだ。
「でもさ――そろそろ自分を大事にしてもいいんじゃないか?」
「……どういう意味?」
「悠真は、お前の気持ちに気づいてない。
いや、気づいても、まだ“向き合う覚悟”がないんだ」
風が木の葉を揺らす。
小さな雨粒が頬に落ちた。
「俺なら、もう手を離さない」
拓也の声は真っすぐで、どこまでも静かだった。
そのとき、校舎の影から足音が聞こえた。
傘を差した悠真が立っていた。
「……桐山、今の話」
「悠真くん……?」
「そういうことだったんだな」
低く抑えた声。
目の奥に、かすかな失望の色が宿っていた。
「違うの。拓也くんは――」
「もういい」
悠真は傘を差し出さず、そのまま背を向けた。
瑠奈の手が、宙で止まる。
追いかけようとした一歩が、どうしても出なかった。
雨が再び降り出す。
拓也は黙って傘を広げ、瑠奈の肩に差しかけた。
「行こう」
「……うん」
その背中を見つめながら、瑠奈は小さく呟いた。
「私、また黙ってた……」
言葉を飲み込むたびに、
大切な何かが指の間からこぼれていく。
その夜、机の上の日記帳を開く。
《あの時、“約束”って言葉を思い出した。
けど、言えなかった。
あの沈黙が、すべてを壊してしまった気がする》
ペンの先が滲み、文字が揺れる。
窓の外では、まだ雨が降り続いていた。
まるで、止まらない後悔のように。

