朝の光が、レースのカーテンを透かして部屋をやさしく包んでいた。
週末の午前。
瑠奈は久しぶりに予定のない時間を過ごしていた。
机の上には、昨日までの資料が整然と並び、
その脇に、差出人のない白い封筒が一つ置かれている。
会社の受付から受け取ったとき、
秘書が言った。
「差出人は名乗らずに置いていかれました。……女性の方でした」
胸の奥が、かすかにざわめいた。
封を切る。
中から一枚の便箋が滑り出る。
“桐山瑠奈様
あなたに、どうしても伝えたいことがあります。
あの報道の火種を生んだのは、私――来栖麗華です。
どんな理由を並べても、あなたを傷つけた事実は消えません。
ごめんなさい。
それでも、あなたにだけは、心からの言葉を残したいと思いました。”
筆跡は整っていて、それでいて震えていた。
“あなたが彼を選んだのは、正しかったと思います。
あの人の優しさを本当に理解していたのは、あなたでした。
私はずっと、彼の隣に立つことを願いながら、
彼の『沈黙』の意味を理解しようとしなかった。
でも、あなたたちを見てようやく分かりました。
言葉よりも深い愛があることを。
どうか、これからも“沈黙を恐れないで”。
それは、あなたが彼を信じている証だから。
そして、私もやっと沈黙の中で、あなたたちを祝福できる場所に辿り着けました。
来栖麗華”
瑠奈は、手紙を胸の前でそっと閉じた。
涙が落ちそうになる。
でも、それは痛みの涙ではなく、
静かな“赦し”の涙だった。
午後。
会社の屋上に出ると、
春の風が柔らかく吹いていた。
雲の切れ間から陽が射し、
街のビルの窓に反射してきらめいている。
遠く、ガラス越しの会議室に悠真の姿が見える。
電話をしているらしく、穏やかに笑っていた。
瑠奈は封筒を胸に抱き、
小さくつぶやいた。
「麗華さん……ありがとう」
風がその言葉をさらっていく。
あの日、沈黙がもたらした痛みも、
誤解も、嫉妬も、
もう彼方に遠ざかっていった。
(沈黙は、傷を作るものじゃない。
時間をかけて、人の心をやわらかく包むもの――)
夜。
自宅の書斎。
机の上には、瑠奈が新しく書き始めた“手紙”があった。
今度は、自分から誰かに届けるための言葉。
“麗華さんへ。
あなたの手紙を受け取りました。
私たちも未熟で、沈黙に何度も負けました。
でも、今は違います。
あなたがくれた言葉を胸に、
言葉の一つ一つを大切にして生きていこうと思います。
どうか、あなたもあなた自身の光を見つけてください。
きっと、どんな沈黙の中にも、
灯りはあると信じています。
桐山瑠奈”
ペンを置くと、
部屋の窓から街の灯りがひとつずつ瞬いていた。
遠くで電車の音が聞こえる。
瑠奈は窓辺に立ち、
夜空に向かって小さく微笑んだ。
(沈黙の物語は、もう終わり。
けれど、灯る言葉は、これからも消えない――)
その微笑みは、
まるで一輪の光の花が咲いたように静かで美しかった。
週末の午前。
瑠奈は久しぶりに予定のない時間を過ごしていた。
机の上には、昨日までの資料が整然と並び、
その脇に、差出人のない白い封筒が一つ置かれている。
会社の受付から受け取ったとき、
秘書が言った。
「差出人は名乗らずに置いていかれました。……女性の方でした」
胸の奥が、かすかにざわめいた。
封を切る。
中から一枚の便箋が滑り出る。
“桐山瑠奈様
あなたに、どうしても伝えたいことがあります。
あの報道の火種を生んだのは、私――来栖麗華です。
どんな理由を並べても、あなたを傷つけた事実は消えません。
ごめんなさい。
それでも、あなたにだけは、心からの言葉を残したいと思いました。”
筆跡は整っていて、それでいて震えていた。
“あなたが彼を選んだのは、正しかったと思います。
あの人の優しさを本当に理解していたのは、あなたでした。
私はずっと、彼の隣に立つことを願いながら、
彼の『沈黙』の意味を理解しようとしなかった。
でも、あなたたちを見てようやく分かりました。
言葉よりも深い愛があることを。
どうか、これからも“沈黙を恐れないで”。
それは、あなたが彼を信じている証だから。
そして、私もやっと沈黙の中で、あなたたちを祝福できる場所に辿り着けました。
来栖麗華”
瑠奈は、手紙を胸の前でそっと閉じた。
涙が落ちそうになる。
でも、それは痛みの涙ではなく、
静かな“赦し”の涙だった。
午後。
会社の屋上に出ると、
春の風が柔らかく吹いていた。
雲の切れ間から陽が射し、
街のビルの窓に反射してきらめいている。
遠く、ガラス越しの会議室に悠真の姿が見える。
電話をしているらしく、穏やかに笑っていた。
瑠奈は封筒を胸に抱き、
小さくつぶやいた。
「麗華さん……ありがとう」
風がその言葉をさらっていく。
あの日、沈黙がもたらした痛みも、
誤解も、嫉妬も、
もう彼方に遠ざかっていった。
(沈黙は、傷を作るものじゃない。
時間をかけて、人の心をやわらかく包むもの――)
夜。
自宅の書斎。
机の上には、瑠奈が新しく書き始めた“手紙”があった。
今度は、自分から誰かに届けるための言葉。
“麗華さんへ。
あなたの手紙を受け取りました。
私たちも未熟で、沈黙に何度も負けました。
でも、今は違います。
あなたがくれた言葉を胸に、
言葉の一つ一つを大切にして生きていこうと思います。
どうか、あなたもあなた自身の光を見つけてください。
きっと、どんな沈黙の中にも、
灯りはあると信じています。
桐山瑠奈”
ペンを置くと、
部屋の窓から街の灯りがひとつずつ瞬いていた。
遠くで電車の音が聞こえる。
瑠奈は窓辺に立ち、
夜空に向かって小さく微笑んだ。
(沈黙の物語は、もう終わり。
けれど、灯る言葉は、これからも消えない――)
その微笑みは、
まるで一輪の光の花が咲いたように静かで美しかった。

