列車の窓から見える景色が、
ゆっくりと変わっていく。
東京の高層ビル群が遠ざかり、
やがて広がるのは、
淡い緑の丘と、菜の花の咲く畦道。
瑠奈は、座席に身を預けながら、
耳元で小さく鳴るレールの音を聞いていた。
カタン、カタン――
その規則的な音が、まるで心の鼓動のように静かに響く。
(ここまで来たのは、逃げるためじゃない。
立ち止まるため――だ)
窓の外に、故郷の駅の名が見えた。
小さな町の空気は、懐かしい香りがした。
駅の改札を抜けると、
木造の古い駅舎の屋根から燕が飛び立っていく。
母が迎えに来ていた。
「瑠奈……」
「お母さん」
短い言葉だけで、涙がにじんだ。
家に着くと、
祖母の形見の茶器で淹れた温かい紅茶の香りが広がる。
窓から差し込む午後の日差しが、
床に淡い影を描いていた。
「大変だったね」
母はそれ以上何も聞かなかった。
ただ、そっと肩に手を置いた。
その沈黙が、都会の喧騒の中で忘れかけていた“優しさ”の形に思えた。
数日が過ぎた。
朝は庭の手入れ、昼は近くの図書館で本を読む。
夕方になると、丘の上の公園まで歩くのが日課になった。
ベンチに座ると、
遠くの田畑の向こうで、風が稲を撫でている。
「……静かだな」
自分の声が、やけに小さく響いた。
誰もいない場所で、ようやく声を出せるようになった気がした。
ふと、鞄の中から一通の封筒を取り出す。
例の“沈黙の手紙”。
黄ばんだ紙の端を撫でながら、
小さく呟いた。
「ねえ、悠真くん。
あの時、私が黙っていたのは、
あなたを信じたかったからなんです。
でも――信じるって、黙ることじゃなかったんですね」
風が頬を撫でた。
便箋がふわりと揺れ、光を透かした。
瑠奈は静かに笑った。
夜。
母が用意した夕食を終え、
縁側に出る。
蛍がひとつ、暗闇に光を描いた。
「……私、もう一度、あの人に会いたい」
初めて、はっきり声に出した。
その瞬間、胸の奥で何かがほどける音がした。
(もう逃げない。
今度こそ、沈黙じゃなく、言葉で伝えよう)
遠くで電車の音が聞こえる。
夜の空気が少しだけ暖かくなった気がした。
翌朝。
目を覚ますと、
机の上に母が置いた一枚の新聞。
その隅に、小さな記事があった。
“一条グループ常務、一部報道を否定。
『誤解を生んだ責任は自分にある。
彼女を巻き込んだことを心から後悔している』”
指が止まる。
(……彼女、って、私?)
その行間にある言葉が、
まるで彼の声のように聞こえた。
瑠奈は、窓の外を見つめた。
朝の光がまぶしかった。
「今度は、私の番ですね」
そう呟いて、
便箋を新しく取り出した。
“沈黙の手紙”とは違う、
真っ白な新しい紙。
ペン先が、かすかに震える。
『一条悠真様――』
静かな朝の空気に、
小鳥の声が重なった。
それはまるで、
新しい旅立ちの合図のように響いた。
ゆっくりと変わっていく。
東京の高層ビル群が遠ざかり、
やがて広がるのは、
淡い緑の丘と、菜の花の咲く畦道。
瑠奈は、座席に身を預けながら、
耳元で小さく鳴るレールの音を聞いていた。
カタン、カタン――
その規則的な音が、まるで心の鼓動のように静かに響く。
(ここまで来たのは、逃げるためじゃない。
立ち止まるため――だ)
窓の外に、故郷の駅の名が見えた。
小さな町の空気は、懐かしい香りがした。
駅の改札を抜けると、
木造の古い駅舎の屋根から燕が飛び立っていく。
母が迎えに来ていた。
「瑠奈……」
「お母さん」
短い言葉だけで、涙がにじんだ。
家に着くと、
祖母の形見の茶器で淹れた温かい紅茶の香りが広がる。
窓から差し込む午後の日差しが、
床に淡い影を描いていた。
「大変だったね」
母はそれ以上何も聞かなかった。
ただ、そっと肩に手を置いた。
その沈黙が、都会の喧騒の中で忘れかけていた“優しさ”の形に思えた。
数日が過ぎた。
朝は庭の手入れ、昼は近くの図書館で本を読む。
夕方になると、丘の上の公園まで歩くのが日課になった。
ベンチに座ると、
遠くの田畑の向こうで、風が稲を撫でている。
「……静かだな」
自分の声が、やけに小さく響いた。
誰もいない場所で、ようやく声を出せるようになった気がした。
ふと、鞄の中から一通の封筒を取り出す。
例の“沈黙の手紙”。
黄ばんだ紙の端を撫でながら、
小さく呟いた。
「ねえ、悠真くん。
あの時、私が黙っていたのは、
あなたを信じたかったからなんです。
でも――信じるって、黙ることじゃなかったんですね」
風が頬を撫でた。
便箋がふわりと揺れ、光を透かした。
瑠奈は静かに笑った。
夜。
母が用意した夕食を終え、
縁側に出る。
蛍がひとつ、暗闇に光を描いた。
「……私、もう一度、あの人に会いたい」
初めて、はっきり声に出した。
その瞬間、胸の奥で何かがほどける音がした。
(もう逃げない。
今度こそ、沈黙じゃなく、言葉で伝えよう)
遠くで電車の音が聞こえる。
夜の空気が少しだけ暖かくなった気がした。
翌朝。
目を覚ますと、
机の上に母が置いた一枚の新聞。
その隅に、小さな記事があった。
“一条グループ常務、一部報道を否定。
『誤解を生んだ責任は自分にある。
彼女を巻き込んだことを心から後悔している』”
指が止まる。
(……彼女、って、私?)
その行間にある言葉が、
まるで彼の声のように聞こえた。
瑠奈は、窓の外を見つめた。
朝の光がまぶしかった。
「今度は、私の番ですね」
そう呟いて、
便箋を新しく取り出した。
“沈黙の手紙”とは違う、
真っ白な新しい紙。
ペン先が、かすかに震える。
『一条悠真様――』
静かな朝の空気に、
小鳥の声が重なった。
それはまるで、
新しい旅立ちの合図のように響いた。

