昼下がりのオフィス。
窓から射し込む光が、
ガラスのデスクに淡く反射していた。
瑠奈は、一条グループとの合同会議の準備に追われていた。
モニターに映る設計図、数字、進捗表。
仕事の手を止めずに、
彼女は隣の会議室のドアが開く音に小さく反応した。
「桐山さん、これ資料の最終確認」
――悠真の声。
思わず顔を上げた瞬間、
五年前と同じ穏やかな眼差しがそこにあった。
「ありがとうございます。こちらも完成しました」
「早いな。……相変わらず、几帳面だ」
「昔から、そう言われてました」
「高校の時も?」
「……覚えてるんですね」
二人の間に、
静かで温かな空気が流れた。
「お疲れさまです」
柔らかな声が割り込んだ。
麗華が入ってくる。
黒いスーツの裾を揺らしながら、
完璧な笑顔でファイルを差し出した。
「次の会議、スケジュール調整しておきました。
一条常務、来週の午後でよろしいですか?」
「うん、助かる」
「では、桐山さんの方にも共有を」
「ありがとうございます」
瑠奈は微笑みながら受け取った。
だが、その指先が触れた瞬間、
麗華の視線が彼女の顔を真っすぐに捉えた。
笑顔のまま――けれど、どこか探るような眼差し。
(……気づかれてる)
胸の奥がざわめく。
会議が始まると、
悠真の声が部屋に響いた。
「この部分、桐山さんの案をベースにしたい。
現場チームからも高評価だった」
ざわめく空気。
一瞬、視線が彼女に集まる。
「ありがとうございます」
瑠奈は微笑み、
淡々とスライドをめくった。
だが、麗華の指先が、
メモ帳の端を強く押し込んでいた。
(……やっぱり、彼の中にまだ“彼女”が残ってる)
心の奥で、
静かに黒い波が広がる。
会議後。
廊下の隅で、悠真が瑠奈を呼び止めた。
「桐山、少しだけ」
「はい?」
「これ、さっきの資料。訂正の確認」
紙を手渡す彼の声は穏やかだったが、
その指先が触れた瞬間――
短い沈黙が流れた。
ふと、彼の香りが近い。
スーツの襟に残る、ほのかなシダーの香水。
瑠奈は小さく息をのんだ。
「……あの時の話、まだちゃんとできてないな」
「……あの時?」
「高校の、最後の日。
“約束”のこと、覚えてる?」
心臓が止まるような感覚。
「覚えてます」
「……俺も、忘れたことなかった」
その言葉に、時間が止まったように感じた。
けれど、すぐにドアが開く。
「一条常務、次の打ち合わせです」
麗華の声。
完璧な笑顔を貼りつけて立っていた。
「行こうか」
悠真は軽く頷き、部屋を出ていった。
残された瑠奈の手の中、
資料の角がかすかに震えていた。
その夜。
帰り道、街の灯が滲んで見えた。
春の雨が再び降り始め、
アスファルトに映るネオンが揺れている。
瑠奈は傘を差しながら、
胸の奥で小さく呟いた。
「“約束”を覚えているなら――
どうして、あの時、私の涙を見て何も言わなかったの……」
雨音だけが答える。
その中で、彼女の指先が無意識に鞄の中を探った。
封をしていない、五年前の便箋。
雨の音が、静かに脈打つ心臓と重なった。
窓から射し込む光が、
ガラスのデスクに淡く反射していた。
瑠奈は、一条グループとの合同会議の準備に追われていた。
モニターに映る設計図、数字、進捗表。
仕事の手を止めずに、
彼女は隣の会議室のドアが開く音に小さく反応した。
「桐山さん、これ資料の最終確認」
――悠真の声。
思わず顔を上げた瞬間、
五年前と同じ穏やかな眼差しがそこにあった。
「ありがとうございます。こちらも完成しました」
「早いな。……相変わらず、几帳面だ」
「昔から、そう言われてました」
「高校の時も?」
「……覚えてるんですね」
二人の間に、
静かで温かな空気が流れた。
「お疲れさまです」
柔らかな声が割り込んだ。
麗華が入ってくる。
黒いスーツの裾を揺らしながら、
完璧な笑顔でファイルを差し出した。
「次の会議、スケジュール調整しておきました。
一条常務、来週の午後でよろしいですか?」
「うん、助かる」
「では、桐山さんの方にも共有を」
「ありがとうございます」
瑠奈は微笑みながら受け取った。
だが、その指先が触れた瞬間、
麗華の視線が彼女の顔を真っすぐに捉えた。
笑顔のまま――けれど、どこか探るような眼差し。
(……気づかれてる)
胸の奥がざわめく。
会議が始まると、
悠真の声が部屋に響いた。
「この部分、桐山さんの案をベースにしたい。
現場チームからも高評価だった」
ざわめく空気。
一瞬、視線が彼女に集まる。
「ありがとうございます」
瑠奈は微笑み、
淡々とスライドをめくった。
だが、麗華の指先が、
メモ帳の端を強く押し込んでいた。
(……やっぱり、彼の中にまだ“彼女”が残ってる)
心の奥で、
静かに黒い波が広がる。
会議後。
廊下の隅で、悠真が瑠奈を呼び止めた。
「桐山、少しだけ」
「はい?」
「これ、さっきの資料。訂正の確認」
紙を手渡す彼の声は穏やかだったが、
その指先が触れた瞬間――
短い沈黙が流れた。
ふと、彼の香りが近い。
スーツの襟に残る、ほのかなシダーの香水。
瑠奈は小さく息をのんだ。
「……あの時の話、まだちゃんとできてないな」
「……あの時?」
「高校の、最後の日。
“約束”のこと、覚えてる?」
心臓が止まるような感覚。
「覚えてます」
「……俺も、忘れたことなかった」
その言葉に、時間が止まったように感じた。
けれど、すぐにドアが開く。
「一条常務、次の打ち合わせです」
麗華の声。
完璧な笑顔を貼りつけて立っていた。
「行こうか」
悠真は軽く頷き、部屋を出ていった。
残された瑠奈の手の中、
資料の角がかすかに震えていた。
その夜。
帰り道、街の灯が滲んで見えた。
春の雨が再び降り始め、
アスファルトに映るネオンが揺れている。
瑠奈は傘を差しながら、
胸の奥で小さく呟いた。
「“約束”を覚えているなら――
どうして、あの時、私の涙を見て何も言わなかったの……」
雨音だけが答える。
その中で、彼女の指先が無意識に鞄の中を探った。
封をしていない、五年前の便箋。
雨の音が、静かに脈打つ心臓と重なった。

