春の午後、桐山学園の中庭は、まぶしいほどの陽射しに包まれていた。
白い制服の裾が風に揺れ、枝の上で最後の桜の花びらが名残惜しそうに舞う。
桐山瑠奈は、古びた噴水の縁に腰を下ろしていた。
陽に透ける亜麻色の髪をそっと押さえながら、遠くのグラウンドを見つめる。
そこにはバスケットボールを片手に笑う、一条悠真の姿。
爽やかで誰にでも優しく、何気ない言葉で人を惹きつける――
そんな彼の笑顔を見るたびに、胸の奥が痛くなる。
「瑠奈、また見てるの?」
明るい声が背後から落ちてきた。
振り返れば、艶やかな黒髪をゆるく巻いた少女――来栖麗華が、日傘を差して立っていた。
その隣には、眼鏡を外して肩にかけたジャケットをラフに羽織る青年、西園寺拓也。
彼はいつものように穏やかな笑みを浮かべ、瑠奈の隣に腰を下ろす。
「別に、見てたわけじゃないの」
「ふうん。けど、あの顔は“見てる”顔でしょ?」
麗華は唇の端を上げ、噴水の縁を指でなぞった。
「悠真くんって、ほんとモテるよね。女子の三分の一は好きなんじゃない?」
「俺は二分の一だと思うな」
軽口を叩く拓也に、瑠奈は小さく笑う。
その笑顔に、拓也はふと目を細めた。
「けどさ、あいつ……鈍いよな」
「鈍い?」
「誰かが見てることにも、誰かが想ってることにも、ぜんぜん気づかない」
風が一瞬止まり、噴水の水音だけが響く。
瑠奈は俯いたまま、小さく息を呑んだ。
「気づかれたら、困るから……それでいいの」
「……そうかな」
拓也の視線が柔らかく瑠奈を捉える。
そのまなざしは、長年の想いを隠すように静かだった。
そこへ、汗を拭いながら悠真が駆け寄ってくる。
「おーい、みんなここにいたのか」
陽射しを背に受けたその笑顔は、まるで春そのものだった。
「次の試合、見に来てくれよ。優勝したら、ジュース奢るから」
「ジュース? 安上がりね」麗華が笑いながら扇子で肩を叩く。
「いいよ、見に行く。みんなでね」
「うん。四人で行こう」瑠奈が微笑むと、悠真は安心したように頷いた。
その瞬間、拓也が言った。
「じゃあ、約束な。四人でどんな時も――離れない」
「……うん、約束」
手を伸ばし、四人の小指が重なる。
春の光が、その指先を優しく包み込んだ。
それが“光の庭”で交わした、最初で最後の約束になることを――
このとき、誰も知らなかった。
白い制服の裾が風に揺れ、枝の上で最後の桜の花びらが名残惜しそうに舞う。
桐山瑠奈は、古びた噴水の縁に腰を下ろしていた。
陽に透ける亜麻色の髪をそっと押さえながら、遠くのグラウンドを見つめる。
そこにはバスケットボールを片手に笑う、一条悠真の姿。
爽やかで誰にでも優しく、何気ない言葉で人を惹きつける――
そんな彼の笑顔を見るたびに、胸の奥が痛くなる。
「瑠奈、また見てるの?」
明るい声が背後から落ちてきた。
振り返れば、艶やかな黒髪をゆるく巻いた少女――来栖麗華が、日傘を差して立っていた。
その隣には、眼鏡を外して肩にかけたジャケットをラフに羽織る青年、西園寺拓也。
彼はいつものように穏やかな笑みを浮かべ、瑠奈の隣に腰を下ろす。
「別に、見てたわけじゃないの」
「ふうん。けど、あの顔は“見てる”顔でしょ?」
麗華は唇の端を上げ、噴水の縁を指でなぞった。
「悠真くんって、ほんとモテるよね。女子の三分の一は好きなんじゃない?」
「俺は二分の一だと思うな」
軽口を叩く拓也に、瑠奈は小さく笑う。
その笑顔に、拓也はふと目を細めた。
「けどさ、あいつ……鈍いよな」
「鈍い?」
「誰かが見てることにも、誰かが想ってることにも、ぜんぜん気づかない」
風が一瞬止まり、噴水の水音だけが響く。
瑠奈は俯いたまま、小さく息を呑んだ。
「気づかれたら、困るから……それでいいの」
「……そうかな」
拓也の視線が柔らかく瑠奈を捉える。
そのまなざしは、長年の想いを隠すように静かだった。
そこへ、汗を拭いながら悠真が駆け寄ってくる。
「おーい、みんなここにいたのか」
陽射しを背に受けたその笑顔は、まるで春そのものだった。
「次の試合、見に来てくれよ。優勝したら、ジュース奢るから」
「ジュース? 安上がりね」麗華が笑いながら扇子で肩を叩く。
「いいよ、見に行く。みんなでね」
「うん。四人で行こう」瑠奈が微笑むと、悠真は安心したように頷いた。
その瞬間、拓也が言った。
「じゃあ、約束な。四人でどんな時も――離れない」
「……うん、約束」
手を伸ばし、四人の小指が重なる。
春の光が、その指先を優しく包み込んだ。
それが“光の庭”で交わした、最初で最後の約束になることを――
このとき、誰も知らなかった。

