放課後の住宅街。
美穂ちゃんと別れて帰路につく。人通りはほとんどなく、風に揺れる洗濯物の音だけが微かに響いていた。
「ねぇ、君。こんな時間に一人?」
振り返ると、背の高い男が立っていた。口元には笑み。けれど、目は笑っていない。
この顔......どこかで......
思い出した。
先日、宋が言っていた『女子中学生誘拐事件』の犯人だ。閻魔帳に載っていたから覚えている。
「おじさん、この辺に美味しいケーキ屋さん知っているんだよ。案内してあげようか?」
「……いいです」
「遠慮しないで。怖い人じゃないよ」
そう言いながら、じりじりと距離を詰めてくる。
「じゃあ、家教えてよ」
「......」
私はわざと視線を伏せて、少し怯えたふりをした。
「……こっちです」
「お、素直だねぇ」
軽い足取りでついてくる亡者。
私は人気のある道を避け、住宅街の外れにある廃工場の方へと足を向けた。
工場跡地。フェンスは錆つき、誰もいない。
――ここなら、誰かに見られることもない。
私は鞄の中から小さな帳面――閻魔帳を取り出した。
ページがひとりでにめくれ、黒い文字が浮かび上がる。
「連続女子中学生誘拐犯。被害者は八名。誘拐しては写真など撮ったりしていたらしいね」
ここに変成くんがいたら、思いつく限りの罵詈雑言を相手に浴びせていたと思う。
その言葉でようやく私の正体に気付いたのか、私から距離をとる。しかし、後ろは壁。逃げれる訳がない。
「も、もう俺は絶対に地獄へ還らないぞ!あんな恐ろしい場所、まっぴらゴメンだ!!」
「現世に来ても同じ悪行を繰り返し、己の罪を反省しない人の言葉なんか、聞く気にもなんないよ」
「なんでだよ!好みの女の子を愛でてただけだろ!」
「いや、愛で方が犯罪じゃん!!」
突っ込んでしまった。つい、いつもの癖で......。
「とりあえず......第一の地獄、等活地獄!!」
私は声を震わせずに言った。
地獄にも、犯した罪の重さや数によって、階層が決まる。
上
一、等活地獄
二、黒縄地獄
三、衆合地獄
四、叫喚地獄
五、大叫喚地獄
六、灼熱地獄
七、大焦熱地獄
八、阿鼻地獄
下
下に堕ちれば堕ちる程、刑期は長くなるし、受ける罰も重くなる。
金色に輝く細い紐が閻魔帳から現れ、亡者を縛る。
紐が締まるたび、亡者は目を見開いて呻く。もがけばもがくほど、紐は深く食い込み、暖かさを吸い取るように身体から力を奪っていく。
「や、やめ……やめてくれ……っ!」
閻魔帳が最後の一行を示すと、紐は光を帯びてピンと張り、そして――ぱちんと弾けるような音と共に亡者の身体は風化し、地獄へ繋がる裂け目へと吸い込まれていった。吸い込まれる瞬間、あの男の目に、やっと後悔の色が差したように見えた。
次は、真っ当な人生を歩んでほしい。
(まぁ、何はともあれ、無事に送り返せて良かった〜)
帰ろ帰ろ。
足元にあった小石を蹴った。
小石は数回跳ねた後、側溝に転がり落ちた。
「ただいま〜」
二人で住む家に帰ると、見慣れた靴があった。
「遅かったね」
変成くんがお玉を片手に台所から顔を出した。
「今日の晩ご飯、肉じゃが。もうすぐできるよ」
「やった……!疲れたから助かる〜」
変成くん、こう見えて料理上手なんだよね〜。
「聞こえてるよ」
「あ、ハイ」
「手、洗ってきなよ。すぐ盛りつけるから」
「はーい」
玄関に鞄を置き、洗面所で手を洗う。鏡に映る自分の顔は、ほんの少しだけ頬が緩んでいた。
(よし、今日も頑張った!明日は美穂ちゃんとスイパラだから、楽しみ〜!)
「味噌汁、こぼれるよ」
「い、今行くー!」
リビングに戻ると、テーブルには湯気の立つ肉じゃがと味噌汁、それに小鉢が二つ。
「いただきます」
「いただきます」
一口食べた瞬間、ふわっと口の中に広がる砂糖の甘み。
「おいしい!」
「そりゃどうも」
変成くんはいつも通り淡々と食べる。けれど、その目がほんの少しだけ、私を探るように見えた。
「次の審判は、俺も一緒に行く」
突拍子もなく、変成くんが聞いてきた。あまりにも突然だったので、ビクッと体が震えた。
「えっ、な、何で!?」
箸を持ったまま固まる私に、変成くんは静かに笑って言った。
「あれ、気付いてないとでも思った?」
その笑みが、何だか怖くて......。
「な、何のこと……?」
言葉を濁すと、変成くんはため息をついて、味噌汁の椀を静かに置いた。
「ま、何もなくて良かったけど」
そう言うと、変成くんは食べ終わった食器を片付けに行く。
ご飯を食べ終え、リビングでのんびりしていると、ガラッと窓が開く音がした。目線を向けると、雨に降られた宋がいた。
「......どしたの?」
「雨降っててさ〜、二人の家近かったから寄った〜」
「何でいつも、自分の家みたいに勝手に上がるの?あと鍵どうやって開けたの?」
変成くんは呆れながら宋に向かってタオルを投げる。
「やーん、怒らないで〜!」
タオルで頭を拭きながら、ソファにどっかと腰を下ろした。
「あ、肉じゃがあるじゃん。いいなぁ〜、変成くんの肉じゃが。食べていい?」
「駄目」
「ケチ〜」
私は苦笑しながらコップに温かいお茶を注ぐ。
外はすっかり夜。雨が強くなり、窓を叩く音が響いている。
依然として雨はやまず、空は分厚い雲で覆われていた。
回復の兆しが見えない、嫌な天気だった。
美穂ちゃんと別れて帰路につく。人通りはほとんどなく、風に揺れる洗濯物の音だけが微かに響いていた。
「ねぇ、君。こんな時間に一人?」
振り返ると、背の高い男が立っていた。口元には笑み。けれど、目は笑っていない。
この顔......どこかで......
思い出した。
先日、宋が言っていた『女子中学生誘拐事件』の犯人だ。閻魔帳に載っていたから覚えている。
「おじさん、この辺に美味しいケーキ屋さん知っているんだよ。案内してあげようか?」
「……いいです」
「遠慮しないで。怖い人じゃないよ」
そう言いながら、じりじりと距離を詰めてくる。
「じゃあ、家教えてよ」
「......」
私はわざと視線を伏せて、少し怯えたふりをした。
「……こっちです」
「お、素直だねぇ」
軽い足取りでついてくる亡者。
私は人気のある道を避け、住宅街の外れにある廃工場の方へと足を向けた。
工場跡地。フェンスは錆つき、誰もいない。
――ここなら、誰かに見られることもない。
私は鞄の中から小さな帳面――閻魔帳を取り出した。
ページがひとりでにめくれ、黒い文字が浮かび上がる。
「連続女子中学生誘拐犯。被害者は八名。誘拐しては写真など撮ったりしていたらしいね」
ここに変成くんがいたら、思いつく限りの罵詈雑言を相手に浴びせていたと思う。
その言葉でようやく私の正体に気付いたのか、私から距離をとる。しかし、後ろは壁。逃げれる訳がない。
「も、もう俺は絶対に地獄へ還らないぞ!あんな恐ろしい場所、まっぴらゴメンだ!!」
「現世に来ても同じ悪行を繰り返し、己の罪を反省しない人の言葉なんか、聞く気にもなんないよ」
「なんでだよ!好みの女の子を愛でてただけだろ!」
「いや、愛で方が犯罪じゃん!!」
突っ込んでしまった。つい、いつもの癖で......。
「とりあえず......第一の地獄、等活地獄!!」
私は声を震わせずに言った。
地獄にも、犯した罪の重さや数によって、階層が決まる。
上
一、等活地獄
二、黒縄地獄
三、衆合地獄
四、叫喚地獄
五、大叫喚地獄
六、灼熱地獄
七、大焦熱地獄
八、阿鼻地獄
下
下に堕ちれば堕ちる程、刑期は長くなるし、受ける罰も重くなる。
金色に輝く細い紐が閻魔帳から現れ、亡者を縛る。
紐が締まるたび、亡者は目を見開いて呻く。もがけばもがくほど、紐は深く食い込み、暖かさを吸い取るように身体から力を奪っていく。
「や、やめ……やめてくれ……っ!」
閻魔帳が最後の一行を示すと、紐は光を帯びてピンと張り、そして――ぱちんと弾けるような音と共に亡者の身体は風化し、地獄へ繋がる裂け目へと吸い込まれていった。吸い込まれる瞬間、あの男の目に、やっと後悔の色が差したように見えた。
次は、真っ当な人生を歩んでほしい。
(まぁ、何はともあれ、無事に送り返せて良かった〜)
帰ろ帰ろ。
足元にあった小石を蹴った。
小石は数回跳ねた後、側溝に転がり落ちた。
「ただいま〜」
二人で住む家に帰ると、見慣れた靴があった。
「遅かったね」
変成くんがお玉を片手に台所から顔を出した。
「今日の晩ご飯、肉じゃが。もうすぐできるよ」
「やった……!疲れたから助かる〜」
変成くん、こう見えて料理上手なんだよね〜。
「聞こえてるよ」
「あ、ハイ」
「手、洗ってきなよ。すぐ盛りつけるから」
「はーい」
玄関に鞄を置き、洗面所で手を洗う。鏡に映る自分の顔は、ほんの少しだけ頬が緩んでいた。
(よし、今日も頑張った!明日は美穂ちゃんとスイパラだから、楽しみ〜!)
「味噌汁、こぼれるよ」
「い、今行くー!」
リビングに戻ると、テーブルには湯気の立つ肉じゃがと味噌汁、それに小鉢が二つ。
「いただきます」
「いただきます」
一口食べた瞬間、ふわっと口の中に広がる砂糖の甘み。
「おいしい!」
「そりゃどうも」
変成くんはいつも通り淡々と食べる。けれど、その目がほんの少しだけ、私を探るように見えた。
「次の審判は、俺も一緒に行く」
突拍子もなく、変成くんが聞いてきた。あまりにも突然だったので、ビクッと体が震えた。
「えっ、な、何で!?」
箸を持ったまま固まる私に、変成くんは静かに笑って言った。
「あれ、気付いてないとでも思った?」
その笑みが、何だか怖くて......。
「な、何のこと……?」
言葉を濁すと、変成くんはため息をついて、味噌汁の椀を静かに置いた。
「ま、何もなくて良かったけど」
そう言うと、変成くんは食べ終わった食器を片付けに行く。
ご飯を食べ終え、リビングでのんびりしていると、ガラッと窓が開く音がした。目線を向けると、雨に降られた宋がいた。
「......どしたの?」
「雨降っててさ〜、二人の家近かったから寄った〜」
「何でいつも、自分の家みたいに勝手に上がるの?あと鍵どうやって開けたの?」
変成くんは呆れながら宋に向かってタオルを投げる。
「やーん、怒らないで〜!」
タオルで頭を拭きながら、ソファにどっかと腰を下ろした。
「あ、肉じゃがあるじゃん。いいなぁ〜、変成くんの肉じゃが。食べていい?」
「駄目」
「ケチ〜」
私は苦笑しながらコップに温かいお茶を注ぐ。
外はすっかり夜。雨が強くなり、窓を叩く音が響いている。
依然として雨はやまず、空は分厚い雲で覆われていた。
回復の兆しが見えない、嫌な天気だった。



