地獄の顔は何度まで?

ぽかぽかとした毛布の温もりの中で、まぶたの裏がじんわり明るくなる。
鼻先をくすぐるのは、ダシの良い匂いとほんのり卵の匂い。
なんか、良い匂い......。
ぼんやりとまぶたを開けると、ちょうど初江王がお盆に何か乗せてきたところだった。
「起きていたのか」
「今起きた......」
寝起きのせいなのか意識がはっきりしない。
机に置かれたのはホカホカと湯気の立つ卵がゆ。
「重くない方が良いと思って作ったんだが......食べれそうか?」
「......ありがとう」
その優しさが、とても嬉しかった。胸の奥がジーンってなる。
スプーンを受け取って、食べ始める。
「帰れるか?」
「......」
下を向いたまま黙る。このまま居座って初江王に迷惑をかける訳にはいかない!
よし、ここは......
「野宿するから大丈夫!」
「は?」
初江王くんが何言ってんだこいつ、みたいな目で私を見る。
「ほら、野宿したら変成くんとも気まずいまま会わなくて良いし、初江王にも迷惑かけないし......」
「はぁ〜〜......」
理由を言ったら言ったで、大きいため息を吐かれた。
こめかみを押さえ、首を振る。
「何故そこで野宿という手段にでるんだお前は......」
初江王の言葉に「だって」「でも......」とゴニョゴニョと言い訳を探す私。
嫌い!って言って飛び出してきた手前、変成くんと顔を合わせるのは気まずい。それはもう気まずい。
(あー、同じ家じゃなかったら良かった)
そしたらきっと気まずくない。
「仕方ない。今日は冥府に帰るよ」
めんどくさいけど......という言葉は飲み込んだ。
「変成王には私から言っておく」
「ありがとう!」

冥府。閻魔庁にて。
「なるほど〜、変成王と喧嘩しちゃったのか〜」
食堂で向かい側に座っているのは、焼き魚を食べる閻魔。
「昔みたいに『嫌いって言ってごめん』って面と向かって言うのは......」
「それができたら苦労しない」
「ん〜、難しいね。何百年も生きてるのに、仲直りの仕方が分からないって相談された時は驚いたよ」
湯気の立つワカメの味噌汁を飲みながら、ため息をつく。
「秦広王は仲直りしたいんだよね?気まずくない方法で」
生姜焼きを口に運びながら頷く。
「え、秦ちゃん喧嘩したの!?」
ふと後ろからそんな声が聞こえた。振り返ると、蕎麦が乗った盆を抱えたごーちゃんが立っていた。
驚きすぎて目がまん丸になっている。
「あー、うん。ちょっとね......」
曖昧に笑うと、ごーちゃんは「ほぉ〜〜」と妙に深い声を出した。
そのまま隣に腰を下ろし、盛り蕎麦を机の上に置く。
「で、誰と喧嘩したの?」
「変成くん」
「マジ!?宋くんじゃなくて!?」
手を口元に当てて驚くごーちゃん。
「五官王は喧嘩した時はどうしてる?」
閻魔がごーちゃんに尋ねた。
彼女は蕎麦をすする手が一瞬固まり、視線を宙に泳がせた。
「アタシはえーっとね、お菓子渡して謝ってるよ」
「気まずくないの?」
「気まずいけど......長引かせたら余計気まずくなっちゃうからね」
「そっかー......お菓子か〜」
「一緒に作る?アタシ、期末テスト終わって暇だから手伝ってあげることはできるよ」
ごーちゃんは鞄から『簡単♡お菓子を作ってみよう!』というタイトルの本を取り出した。
「何作る?簡単のから作った方が良いよね〜」
私よりワクワクしているごーちゃんがページをめくる。
「あ、これとか良さそ〜」
そう言って指差したページには、色んな形のクッキーの写真が載っていた。
「これならお菓子作り初心者の秦ちゃんでも作れそうだね、うん」
「ありがとう!」
こうして、買い出しを済ませて明日の放課後、一緒に作ることになった!