進路指導室は、空気がズーンと重たい。
隣に座っているのは、妙に緊張しているスーツ姿の閻魔。
「それで、白崎さんは勉強を頑張っていますよ。提出物とか」
にこやかに先生が言った。
「そ、そうですか......はい、ええっと、秦......じゃなかった、真宵は頑張って......!」
前日に伝えたのに、まさか来てくれるとは......。
頑張って保護者を演じているんだろうけど、めっちゃ動揺している。
見てるこっちが辛い。
「はい。クラスでも楽しそうですし、仲良くやっていますよ。それで、これが白崎さんの成績表なんですけど......」
先生が机にスッと置いたのは、一学期の成績表。
閻魔は私よりも先にそれを覗き込んだ。
「英語が少し苦手みたいですね。得意科目は国語......みたいです」
「そうですか〜......」
そう言っている閻魔の顔は引きつっている。
無事、気まずすぎる三者懇談が終わった。
進路指導室から出た途端、閻魔がその場に崩れ落ちそうになる。
「いや〜、緊張したね〜」
閻魔は髪をわしゃわしゃと掻き上げながら、情けない笑みを浮かべる。
周りの生徒達がチラチラと見るので、私は彼の袖を引っ張ったまま校舎を出た。
校門を出たあたりで、ようやく閻魔はネクタイを緩めた。肩をグルグル回している。
(......何だろう。この前やってたドラマに出てくる銀座で働いているホストみたい)
「秦広王って成績良かったよね。冥府学校にいた時は」
「誰かさんがミスして仕事を増やしたからだと思うけど」
閻魔は目を逸らして口笛を吹く。
「......本当にごめんね」
本当に申し訳ないと思っているのなら、もう少し仕事量を減らして欲しい。......無理か。無理ならお給料アップを!!
なんて思っていると、
「あ、そうだ。今の閻魔帳って使いやすい?」
突拍子もなくそんなことを聞いてきた。
「え?」
「いやー、今の手帳型だとみんな同じだから、なくしたり、入れ替わったりするよね〜って思って。別々の作ろうかと思うんだけど、どうかな?」
今の閻魔帳でも良い気がするんだけど......でもなくなったら嫌だし。それなら新しいの作ってもらった方が良い気がする。
(そういや昔、閻魔帳を何回かなくしてめっちゃ怒られたっけ......)
「僕的にはこう......時代を先取りしたようなやつとかどうかと思うんだ。面白そうでしょ」
新しい閻魔帳についてあれこれ話していると、ちょうど本屋さんから出てきたであろう変成くんと目が合った。
「「あ」」
目が合った瞬間、心底嫌そうな顔をされた。
「変成王〜!!」
「秦、懇談終わったの?」
「終わった!」
手をブンブン振る閻魔をスルーする変成くん。
「ねぇ秦。閻魔と学校から歩いてきたの?」
「うん」
そう返事すると、変成くんは手を顎に当てて何やら考え出した。
「......まずい」
「何が?」
「......帰るよ」
「え?え!?」
ぐいっと腕を引っ張られ、半ば強制的に帰宅させられた。もちろん閻魔は置き去りに。
「―――自分の家に帰れよ」
息切れしながら初江王の家の玄関で呼吸を整えていると、仁王立ちした初江王が呆れながら呟いた。
「だって......変成くんが」
呼吸を整えながら変成くんを指差す。
変成くんはというと、まったく悪びれない表情で腕を組んでいる。
リビングに上がらせてもらい、氷が入ったお茶を貰った。
喉が乾きすぎて、一気飲みしてしまう。
「何があったんだ一体」
初江王が怪訝そうに変成くんを見る。
「今日、秦の三者懇談だったんだよ。で、保護者役として来たのがスーツ姿の閻魔だった」
「ああ......それは災難だったな」
(どういうこと?)
私が疑問に思っていると、初江王が説明してくれた。
「閻魔は黙ってればチャラい二十代だ。金髪がちょっと会社的じゃないが。で、秦広王は制服」
「はい、怪しい組み合わせの完成」
「ひぇ......」
変成くんのにっこりした表情に、全てを察してしまった私は思わず声をもらした。
「そこまで考えてなかった......」
項垂れていると、それを良いことにこの男はさらに追い打ちをかけてくる。
「秦って、良く言えば楽観的だけど悪く言えば馬鹿だよね」
上機嫌そうにクツクツと喉を鳴らす。
「昔からお前は何も変わってないな」
変わってないのかな?私はしばし考えたが、幼馴染の言葉以外に説得力があるものは見付からないので、ここは素直に応じることにした。
「いや、昔よりは大人しくなったよ」
「「どこが?」」
二人の声が重なった。
「えぇぇぇぇ!?何で揃って即答なの?私だって昔みたいに考えなしに行動しないよ!」
「へぇ......」
変成くんが悪い笑みを浮かべる。
「昨日、亡者に自ら突っ込んで行ったのは誰だったっけ?」
「うっ......」
「全く、あそこで私が助けなかったらどうなってたか......」
「......ごめん」
初江王には本当に申し訳ないと思ってるよ。
「謝罪は何回も聞いた。感謝の言葉の方が良い」
「あ、ありがとう」
「初江王って意外に計画性あるよね〜」
ゴホン!
「あー、問題の懇談のことなんだが」
咳払いをした初江王が急に真面目な話に戻る。
「私は実際に今日の閻魔を見ていないから分からないが、人間は噂好きだ。恐らく明日にでも『金髪ホストが保護者』という噂が流れているだろう」
「本当にどうしよう......」
テーブルに額を押し付けるように呻くと、変成くんはストローで氷をつつきながら軽く言った。
「すぐに噂が落ち着けば良いけどねー」
「だな」
人道には『人の噂も七十五日』ということわざがある。広まった噂でも長くは続かないという意味らしいんだけど......。
オムライスが私の足元に歩いてきて、くぅ〜んと心配そうに私を見上げた。
「まぁ、私達は今まで通り亡者を裁いていけば良いだろ。あと、何を言われても堂々としろ。分かったな?」
「うん」
「俺達もついてるから何かあったら頼ってよ。何も無くても頼っても良いよ」
少し心が軽くなった気がした。
「二人共、ありがとう」
「どういたしまして。という訳で明日、修羅場になるの楽しみにしてるね」
「変成くん、最低!」
「褒め言葉として受け取っておくよ」
隣に座っているのは、妙に緊張しているスーツ姿の閻魔。
「それで、白崎さんは勉強を頑張っていますよ。提出物とか」
にこやかに先生が言った。
「そ、そうですか......はい、ええっと、秦......じゃなかった、真宵は頑張って......!」
前日に伝えたのに、まさか来てくれるとは......。
頑張って保護者を演じているんだろうけど、めっちゃ動揺している。
見てるこっちが辛い。
「はい。クラスでも楽しそうですし、仲良くやっていますよ。それで、これが白崎さんの成績表なんですけど......」
先生が机にスッと置いたのは、一学期の成績表。
閻魔は私よりも先にそれを覗き込んだ。
「英語が少し苦手みたいですね。得意科目は国語......みたいです」
「そうですか〜......」
そう言っている閻魔の顔は引きつっている。
無事、気まずすぎる三者懇談が終わった。
進路指導室から出た途端、閻魔がその場に崩れ落ちそうになる。
「いや〜、緊張したね〜」
閻魔は髪をわしゃわしゃと掻き上げながら、情けない笑みを浮かべる。
周りの生徒達がチラチラと見るので、私は彼の袖を引っ張ったまま校舎を出た。
校門を出たあたりで、ようやく閻魔はネクタイを緩めた。肩をグルグル回している。
(......何だろう。この前やってたドラマに出てくる銀座で働いているホストみたい)
「秦広王って成績良かったよね。冥府学校にいた時は」
「誰かさんがミスして仕事を増やしたからだと思うけど」
閻魔は目を逸らして口笛を吹く。
「......本当にごめんね」
本当に申し訳ないと思っているのなら、もう少し仕事量を減らして欲しい。......無理か。無理ならお給料アップを!!
なんて思っていると、
「あ、そうだ。今の閻魔帳って使いやすい?」
突拍子もなくそんなことを聞いてきた。
「え?」
「いやー、今の手帳型だとみんな同じだから、なくしたり、入れ替わったりするよね〜って思って。別々の作ろうかと思うんだけど、どうかな?」
今の閻魔帳でも良い気がするんだけど......でもなくなったら嫌だし。それなら新しいの作ってもらった方が良い気がする。
(そういや昔、閻魔帳を何回かなくしてめっちゃ怒られたっけ......)
「僕的にはこう......時代を先取りしたようなやつとかどうかと思うんだ。面白そうでしょ」
新しい閻魔帳についてあれこれ話していると、ちょうど本屋さんから出てきたであろう変成くんと目が合った。
「「あ」」
目が合った瞬間、心底嫌そうな顔をされた。
「変成王〜!!」
「秦、懇談終わったの?」
「終わった!」
手をブンブン振る閻魔をスルーする変成くん。
「ねぇ秦。閻魔と学校から歩いてきたの?」
「うん」
そう返事すると、変成くんは手を顎に当てて何やら考え出した。
「......まずい」
「何が?」
「......帰るよ」
「え?え!?」
ぐいっと腕を引っ張られ、半ば強制的に帰宅させられた。もちろん閻魔は置き去りに。
「―――自分の家に帰れよ」
息切れしながら初江王の家の玄関で呼吸を整えていると、仁王立ちした初江王が呆れながら呟いた。
「だって......変成くんが」
呼吸を整えながら変成くんを指差す。
変成くんはというと、まったく悪びれない表情で腕を組んでいる。
リビングに上がらせてもらい、氷が入ったお茶を貰った。
喉が乾きすぎて、一気飲みしてしまう。
「何があったんだ一体」
初江王が怪訝そうに変成くんを見る。
「今日、秦の三者懇談だったんだよ。で、保護者役として来たのがスーツ姿の閻魔だった」
「ああ......それは災難だったな」
(どういうこと?)
私が疑問に思っていると、初江王が説明してくれた。
「閻魔は黙ってればチャラい二十代だ。金髪がちょっと会社的じゃないが。で、秦広王は制服」
「はい、怪しい組み合わせの完成」
「ひぇ......」
変成くんのにっこりした表情に、全てを察してしまった私は思わず声をもらした。
「そこまで考えてなかった......」
項垂れていると、それを良いことにこの男はさらに追い打ちをかけてくる。
「秦って、良く言えば楽観的だけど悪く言えば馬鹿だよね」
上機嫌そうにクツクツと喉を鳴らす。
「昔からお前は何も変わってないな」
変わってないのかな?私はしばし考えたが、幼馴染の言葉以外に説得力があるものは見付からないので、ここは素直に応じることにした。
「いや、昔よりは大人しくなったよ」
「「どこが?」」
二人の声が重なった。
「えぇぇぇぇ!?何で揃って即答なの?私だって昔みたいに考えなしに行動しないよ!」
「へぇ......」
変成くんが悪い笑みを浮かべる。
「昨日、亡者に自ら突っ込んで行ったのは誰だったっけ?」
「うっ......」
「全く、あそこで私が助けなかったらどうなってたか......」
「......ごめん」
初江王には本当に申し訳ないと思ってるよ。
「謝罪は何回も聞いた。感謝の言葉の方が良い」
「あ、ありがとう」
「初江王って意外に計画性あるよね〜」
ゴホン!
「あー、問題の懇談のことなんだが」
咳払いをした初江王が急に真面目な話に戻る。
「私は実際に今日の閻魔を見ていないから分からないが、人間は噂好きだ。恐らく明日にでも『金髪ホストが保護者』という噂が流れているだろう」
「本当にどうしよう......」
テーブルに額を押し付けるように呻くと、変成くんはストローで氷をつつきながら軽く言った。
「すぐに噂が落ち着けば良いけどねー」
「だな」
人道には『人の噂も七十五日』ということわざがある。広まった噂でも長くは続かないという意味らしいんだけど......。
オムライスが私の足元に歩いてきて、くぅ〜んと心配そうに私を見上げた。
「まぁ、私達は今まで通り亡者を裁いていけば良いだろ。あと、何を言われても堂々としろ。分かったな?」
「うん」
「俺達もついてるから何かあったら頼ってよ。何も無くても頼っても良いよ」
少し心が軽くなった気がした。
「二人共、ありがとう」
「どういたしまして。という訳で明日、修羅場になるの楽しみにしてるね」
「変成くん、最低!」
「褒め言葉として受け取っておくよ」



