すると、材料を前にして美穂ちゃんがひと言。
「ごめん。私、料理下手なんだよね」
どうやら美穂ちゃん、料理はあまりしたことないみたいで。
「大丈夫だよ。じゃあ、野菜は私が切るね」
そう言うと、申し訳なさそうに目の前で両手を合わせた。
全然気にしてないから大丈夫だよ。
「本当にごめん!代わりに火起こしでもなんでもやるから!」
そしたらそこで変成くんが飯盒をサッと差し出して。
「じゃあ、米炊くのお願いしても良い?」
「うん、お米ね。オッケー!」
そうして私と変成くんは野菜を切る係、美穂ちゃんはお米係、他の子達はカレーの係になった。
「じゃあ私、お米取りに行ってきまーす」
美穂ちゃんがそう言って先生のところへ行くのを見送った後は、二人で早速野菜を分担して切り始める。
私はとりあえず、ジャガイモの皮むきからすることに。
変成くんは玉ねぎ、私はジャガイモ。
それぞれ手元に集中しながら、聞こえてくるのは包丁のリズムだけ——
……と言いたいところだけど、現実はそう上手くいかない。
「えっと……先生、お米ってどれくらい持っていけばいいんですか?」
少し離れたところで、美穂ちゃんの声が聞こえる。
「六人分なら、このくらいだな」
「えっ、多くない!? こんなに炊けますか!?」
「炊くんだよ」
先生は呆れながらそう言った。
その後、少しお米が焦げたりなどのプチハプニングがあれど、美味しいおこげカレーが作れた。

一日目の活動を終えた後はお風呂に入って、同じ部屋の女の子五人でのガールズトークが始まった。
「美穂ちゃんは好きな人いないの?」
「え〜......部活の先輩がちょっと気になってて......」
「きゃー!そうだんだ!!」
みんな、好きな男子や気になる人の話で大盛り上がり。
そして、やっぱり話題に上がってきたのは、
「でもうちのクラスと言えば楓くんだよね〜」
変成くんだった。
変成くんのファンクラブは何故か『貴公子楓を見守る会』という名前が付き、上級生の子まで入会しているという程の人気っぷり。
「ねぇねぇ、真宵ちゃんは楓くんといつも一緒にいるけど、幼馴染なんだよね」
「え!?」
急に話を振られて、びっくりしてしまう。
「やっぱり、楓くんの小さい時の話とか聞きたい!」
「私も!」
「お願い!白崎さん!」
みんながぐいっと身を乗り出してくる。
部屋の空気が、一気に『暴露会』に変わってしまった。
「え、えっと......小さい頃の話?」
「そう!なんかないの?可愛いエピソードとか!」
「楓くんって完璧って感じだけど、昔はドジだったとか!」
「泣き虫だったとか!!」
四方八方から質問の嵐。
私は完全に逃げ場を失った。
確かに変成くんとは幼い頃から一緒だったけど、あの人、幼少期から完成されてた気がするんだよね......。
というか、昔から落ち着いてて......むしろ私の方がいろいろ世話されてた。
でも、みんなのキラキラした期待の目がまぶしすぎて、「ごめん、特にない」なんて言いにくい。
「えっと……」
苦し紛れに、なんとか思い出を探る。
(何かあったはず……なんか……なんか……!)
宋と初江王にグループのメッセージアプリで『変成くんの小さい頃の可愛いエピソードって何かある!?友達に聞かれてさ〜』と送ったら、即既読が付いた。
―――なになに、恋バナ〜?w
―――川のことでも言っとけ
(あ、あれ......)
初江王のメールでひとつだけ、思い出が引っかかった。
「……あの、小さい頃、川で遊んだ時に……」
「うんうん!!」
「どうしたの!?」
みんなの期待が天井を突き抜けそうだ。
「……私が足を滑らせて転んで……水飲んじゃって……」
「え!? 真宵ちゃんが!?」
「で、でね、そしたら……」
あまりに可愛くない自分のエピソードに、喉が詰まる。
「楓くんが、泣いた」
「「「ぇぇぇぇぇぇぇ!?」」」
部屋が揺れた。
「な、泣いたって……楓くんが!?」
「嘘でしょ!? あのクールな楓くんが!?」
「真宵ちゃんが溺れたと思って……?」
泣いたのが変成くんと宋、怒ったのが初江王。
(今思い返すと恥ずかしいかも......)
「やばっ……真宵ちゃん、絶対特別じゃん!」
「幼馴染に泣かれるヒロイン、本当に存在したんだ……」
「楓くん、真宵ちゃんのこと小さい頃から守ってたんだねぇ〜!」
みんながもう勝手に盛り上がってる。
美穂ちゃんも「少女漫画の世界じゃん......!」と目を輝かせていた。
ガールズトークがひと段落した後、何故か男子の部屋に行こう!ということになった。
「お邪魔しまーす」
「遊びに来たぞー」
女子五人で男子部屋を訪ねると、そこは大部屋の和室でクラスメイトの男子八人がゲームをしたり雑誌を読んだりしてくつろいでいた。
そこには変成くんもいて。
だけど、何とも言えない渋い表情で私のことをじっと見たかと思うと、すぐにパッと目を逸らす。
(あれ?何か不機嫌......?)
心当たりはこれといったものはないんだよね〜と頭を捻っていたらその時、部屋にいた男子の一人が私達の方に駆け寄ってきた。
「女子が来るとか最高!良かったらカードゲームしない?」
「良いね!やりたーい!」
「よし、じゃあみんな入ってよ」
他の子達に誘導されるがまま着いていくと、ちょうど変成くんを含めた四人でカードゲームをしている途中だった。
「次から女子も入れてやろうぜ〜」
「良いね良いね!」
「このゲーム定員七人だったよね。全員は無理じゃない?」
それを聞いて、思わず遠慮しようとしたら、サッと美穂ちゃんが手を上げた。
「じゃあ私と真宵は待っとくから、先に(みお)達先にどうぞ〜」
「え、良いの?」
「うん、メンバー交代しながらやろうよ」
すかさず提案してくれたので、先に澪ちゃん達がやることになり、私と美穂ちゃんは傍で待つことに。
男女七人がゲームでワイワイ盛り上がる傍で、美穂ちゃんとスマホで動画を見たりしながらまったり過ごす。
すると、みんなの楽しそうな会話が聞こえてくる。
「てかさ、楓くんって好きな人いないの?」
「あ、私も気になる!」
「いない」
変成くんが即答したのを聞いて、男子達がはやし立てる。
「信じらんないよなぁ〜!あんなモテるのに入学以来、全部の告白を断ってるらしいぜ」
「良いよな〜、一人くらい分けてくれよ〜」
「その中に付き合ってみたい子とかいなかったの?」
美穂ちゃんが尋ねると、楓くんは頷いた。
「いないね」
「そっかぁ......」
それにしても熱気すごいなぁ......。何だか暑くなっちゃったよ。
そう思った私は、美穂ちゃんにひと言告げ、一旦部屋を出て飲み物を買いに行くことにした。