嘘と欲求

「最近、雨宮伊織という名前の男子高校生が、本の注文か、予約か、してませんか」

 客からの問い合わせを気前よく受けようとしていた店員が、一瞬だけ写真のように静止したのを翔真は見逃さなかった。

 ぱちぱちと大袈裟に瞬きをする店員の、メモを取ろうとしていた手が紙の上で止まっている。一文字も書かれていない。ボールペンを握ったまま翔真の顔を見る店員の眉間に、僅かながら皺が寄っていた。

 店員の険しい表情から見て取れるのは警戒心であった。イレギュラーな問い合わせ内容である上に、不審に思う要素が多分に含まれているからに違いない。自覚はあった。

 注文や予約をしていようがしていなかろうが、その旨を正直に答えてくれるとは微塵も思っていない。それでも聞かなければ、得られるものは確実にゼロだ。今はただ、何でもいいから欲しいのだ。伊織に繋がる些細な手がかりが。

「……申し訳ありませんが、他のお客様に関することはお答えできません」

 抜け切らない警戒心を片手にしつつ、店員は長い沈黙は作らずに気丈に振る舞った。案の定の回答だった。最初から望み薄だと分かっていたはずなのに、鬱々とした重たい溜息が漏れそうになった。

 店員は店員として当たり前の発言をしているだけ。店員は正しい。おかしいのは翔真だ。店員は翔真を嘲笑って馬鹿にしているわけではないのに、お前みたいな嘘吐きストーカー盗撮魔の質問に誰が真面目に答えるかよこっちは会話もしたくねぇんだよそれなのに返事してやったんだからありがたく思えよクソ陰キャがさっさと目の前から消えろ、などとこれまで浴びせられてきた誹謗中傷のまとめみたいな言葉の数々が鼓膜を叩いている気がしてしまう翔真がおかしいのだ。

「……そう、ですよね。すみません」

 幻聴に刺し貫かれた翔真は、店員に反論はせず大人しく引き下がった。目を下げ肩を下げ、全身に負のオーラを纏わりつかせながらとぼとぼと歩いて書店を出る。