嘘と欲求

 翔真は機嫌良く本に触れ、表紙を開いた。今なら無理なく読めそうな気分だった。意欲を失う前に薄い紙を捲り、目次をなぞるように見る。

 一文読んだら次は二文を。一ページ読んだら次は二ページを。といった具合に、成し遂げやすい低い目標を次から次に定めクリアしていけば、ひとまずは一話を読み切れるはずだ。根気強く繰り返していけば、最終的には一話のみならず最後まで読めてしまえるかもしれない。

 小さな目標の上に立つ大きな目標を叶えるために、翔真は本編へ続くページを繰った。書き出しはセリフだった。あらすじでも初っ端にあったセリフである。

 二箇所で強調され、それだけ煽られてしまうと続きが気になってしまった。セリフそのものも、どういう意味だと興味を引かれる。自然と目が次を追っていた。

 今なら読めそうな気分というのはあながち間違いでもなさそうで、翔真はその後も、個性的な主人公が巻き起こす物語を追いかけ続けた。

 読めるかどうか自信がなかった翔真だったが、読み始めると思っていた以上に夢中になった。途中で飽きることもなく一話を読み終えた時には、胸の中に達成感と高揚感があった。読む前に感じていた不満が全て取り除かれたわけではないが、粘ついたその黒い感情が隅に追いやられた感覚だ。心が浮き立っている。自然と顔が綻んでしまいそうになる。

 なんだこれ。面白い。どんどん読み進められる。慣れてないのにめちゃくちゃ読まされる。こんな経験初めてだ。

 自分でも予想だにしなかったこの感情を、誰かに言いたくてたまらなくなった。溢れ出す熱を、翔真は自分の中だけに留めておける気がしなかった。

 発散したい。誰かに聞いてほしい。共感してほしい。褒めてほしい。普段全く本を読まない人間が、読めないと決めてかかっていた人間が、一話だけでも読んだのだ。嫌にならずに読んだのだ。翔真にとっては偉業を成し遂げたようなものだった。本に面白さを見出す日が来るとは想定外だ。