嘘と欲求

 本を読まないため文学賞については無知も同然だが、賞を受賞しているのなら作品の評価は高いのだろう。翔真の煩悩塗れの頭でも想像はできた。

 明るそうな話だった。伊織はこのような青春小説も読むのかと今になって翔真は思った。あらすじにシリアルキラーとある殺人系の本を読んでいるのを知った後では意外性がある。

 本当は青春系をよく読むのだろうか。それも意外に見えてしまった。様々なジャンルの本を毛嫌いせずに積極的に読んでいるのかもしれないとも予想してみるが、これも不確実なものである。まだまだ伊織について知らないことが多すぎた。

 未だ謎に包まれた伊織も読んだであろう本を暫し眺めてから、剥がしたカバーを付け直そうと翔真は気を引き締めた。

 ここは家である。学校ではない。緊張も警戒もする必要はない。当時は焦っていた。だから上手くいかなかったのだ。今は落ち着いている。簡単にできる。することは決して難しいわけではない。下手なのは改善できる。

 翔真は無駄に真剣な表情で、紙と紙の間に裏表紙を入れ込んだ。上部から緩めに差し込み、次に下部を。恐らくこの部分が失敗していたのだろう。だから気づかれ、下手だと貶されてしまったのだ。

 ミスさえなければ、触った事実があってもないことにできた。指摘されたのはカバーについてのみで、制服に触れて匂いまで嗅いだ変質者並みの行動については問われなかったのだから。

 嗅覚が伊織の匂いを思い出した。汗臭さが混じっていても、ずっと嗅いでいられるくらい良い匂いだった。また嗅げるものなら嗅ぎたい。伊織の匂いを嗅ぎたい。変態的な欲求が脳裏を掠め、翔真は慌てて首を左右に振った。不埒な思考を掻き消した。

 意識を現実に引き戻した翔真は、無事に付け直せたカバーを見つめて一息吐いた。焦っていなければできるのだ。下手くそだと馬鹿にされる筋合いはない。

 一度失敗した箇所が上手くいき、妙な自信がついた。甘っちょろかった。しょうもなかった。それでも、翔真には重要であった。胸中を包んでいた靄が晴れていく感覚に陥るほどに。