嘘と欲求

 翔真は乱れる感情をコントロールしようと、両足首をクロスさせ、両手指を組み合わせた。そうしながら、両目は気を紛らわせそうなものを探していた。

 広げたままの数学のプリントを素通りし、机の棚を捉える。教科書やノートがこれ見よがしに立ち並んでいた。すっかり勉強をする気分ではなくなった翔真は、相手にせずに無視をした。指一本触れなかった。

 教科書類が敷き詰められている棚の一番端に、一際高さの低い本が刺さっている。伊織に勧められて購入した文庫本であった。

 小説を保管する場所などなく、置き場所に困り果てていたところで見つけた棚の隙間。ここでいいかと差し込んでからは放置していた。一ページも読んでいない。もう下手くそだと馬鹿にされないよう練習すると息巻いていたカバーの付け外しも、店員が付けてくれたままの状態で外してもいない。

 下手くそだね。柔らかい口調でありながら、棘を刺すように辛辣な伊織の言葉が木霊した。下手くそだね。

 翔真は組んでいた指を解き、文庫本を抜き出した。幻聴が聞こえて気が変わった。練習する。手に馴染ませる。もう下手くそだとは言わせない。そして、これを読む。読めたら読む。読んでみる。一ページでも二ページでも。一文でも二文でも。

 伊織に勧められたとはいえ、最終的に買う決断を下したのは翔真自身だった。伊織は買えとは強制していない。買わずに店を出ることもできた。

 でも、しなかった。親友にしている伊織におすすめとして提示されたから。買えばSNSに投稿するネタになるから。いいねが貰えるかもしれないから。

 不純な理由ではあるが、翔真は自分の意思で買ったのだ。どうせなら、元を取りたい。本を読めば、気分転換にだってなるかもしれない。

 付けられているカバーの片側を外した。裏表紙のあらすじをまずは読んでみる。この小説は成瀬あかりが主人公で、彼女は最高の主人公らしい。本屋大賞を受賞した圧巻の青春小説とあるが、翔真はいまいちピンとこなかった。本屋大賞とは、と疑問が浮かぶ。