嘘と欲求

 外の空気を思い切り吸って、思い切り吐く。本や財布を鞄にしまった翔真は気持ちを切り替えた。まだやるべきことがある。こちらが本命である。

 駐車場の出入り口まで向かうと、左右を交互に見た。翔真の自宅へ続く道とは逆の方向で、遠くを歩いている伊織の後ろ姿を発見する。急ぎ足で突き進んだ。

 決してダッシュはせず、早歩きで地道に距離を縮めていく。そうしているうちに、見慣れた校舎が見えてきた。また登校している気分を味わってしまう。癖で校舎に入ってしまわないよう、翔真は伊織から目を離さずに尾行を続けた。

 伊織は校舎へ続く正門を通り過ぎていく。遅れて翔真も素通りした。ここからどこまで歩いていくのか。伊織の家は近いのか、遠いのか。また、どのような家に住んでいるのか。謎に包まれたその全てが、今日、判明する。

 翔真は口角が持ち上がりそうになった。唇を噛んで押さえ込む。一人で歩きながらにやにやなどできない。伊織から目を離したくないため、俯いて顔を隠す行為もできない。

 歪みそうになる表情を懸命にコントロールする翔真は、帰宅中のただの学生です、という何でもない顔を作って貼り付けた。粘着力はない。すぐに剥がれそうになる度に強く擦り付けた。

 校舎の前を通り過ぎてから、二十分程度が経っただろうか。その間、伊織は一度も振り返らなかった。奇跡的に気づかれていないのかもしれない。この調子で順調に進んでいけば、いずれは伊織の家が分かる。着々と知りたい情報に近づいてきているのを実感して、呼吸が荒くなった。

 数十メートル先を歩いていた伊織が、急に足を止めた。ワンテンポ遅れて翔真も立ち止まる。全身に緊張が走った。伊織の横顔が見えた。まずい、と逃げる姿勢に入ったが、伊織はそれ以上は首を回さず、顔を向けた方向へ徐に歩き出した。

 間一髪で危機を免れたものの、翔真は小首を傾げてしまった。まっすぐ帰宅するにしては不自然な動きだ。帰り道の途中で不意に気が変わったような、目に入ったものに好奇心を刺激されて見に行くような、そんな雰囲気だった。