嘘と欲求

 教師に名指しで授業態度を指摘された翔真の心拍数は、驚いたように急上昇していた。同時に、杞憂に過ぎないであろう不安も募っていた。伊織だらけの思考を読み取られてしまったのではないか。伊織を見過ぎだと揶揄われてしまうのではないか。そして周りに引かれてしまうのではないか。当の本人に嫌悪感を剥き出しにされるのではないか。単に注意されただけなのに、数々の懸念事項がぐるぐると脳内を駆け巡る。ネットで嘘を吐いている罪悪感によるものかもしれない。

 ごくりと唾を飲み込んだ翔真は前を向き、すみません、と小さく頭を下げた。くすくすと笑っている人はいないが、視線は痛かった。伊織にも格好悪いところを見せてしまった。余裕があるわけではないのに懲りもせず目だけで窺ったが、伊織はこちらを振り向きもしていない。興味などないらしい。自分だから興味がないのか。自分ではなくても興味はないのか。どちらであっても切ないが、どちらかと言えばまだ後者の方が傷は浅く済みそうだった。後者であれ。

「ついでだ、西原。前に出てこの問題を解いてみろ」

 集中できていない翔真に対して怒鳴りはしていない教師が、手に持ったチョークでトントンと黒板を軽く叩いた。xやy、二乗や三乗が含まれた、一目見ただけで解く気が失せそうな複雑な式が書かれている。習いたてのものだ。不安はあったが、指名された以上拒否はできない。そわそわして話を聞いていなかった自分が悪い。翔真は大人しく返事をして席を立った。

 注目を浴びながら向かった黒板の前で、誰かが落としたのか真っ二つになっているチョークの片割れを手に取った。妙なプレッシャーを感じる。緊張感とも言えた。手足がガタガタと震えそうになった。クラスメートには背中を向けているため分からないが、恐らく何人かは自分の手元を見つめているのではないか。もしかしたら、その中には伊織も含まれているかもしれない。別のことをしていてほしいが、感じる視線はいつまでもなくならない。望みは叶いそうにない。

 ひとまず翔真は、長くて複雑な式の下にイコールを書いた。気持ちを無理やり切り替える。テンパりそうな中で必死に頭を働かせる。テストではないため間違っても無問題だが、できれば間違いたくはない。無駄な恥をかきたくはない。